お腹スッキリ㊙報告〜報われた3ヶ月の軌跡〜

Posted by yukon780 on 18.2016 燃やせ!脂肪肝 6 comments 0 trackback
あれから3ヶ月が経過した。

そう。

覚悟の「厄払いダイエット宣言」から3ヶ月。

ついにこの血の滲むような特訓が終了したのである。


今まで何をやっても痩せなかったこの不思議な体。

この5年間、どんなに食事制限してもどんなに毎日走っても結果が出ず、それどころか現状維持がやっとの日々。

そこで僕は3ヶ月前、この呪われたダイエット生活に終止符を打つべく、ついに「15万円」という大金を払ってパーソナルトレーニングジムの門を叩いた。(参考記事:脂肪肝マンのハードルアップ大作戦〜前厄決意表明〜


低体温、低血圧、低収入の僕にとっては、15万は相当なる大金。

しかもこの時は2ヶ月後に会社から大減俸を言い渡されるだなんて思ってもいなかったから尚更だ。

おかげで現在私は嫁に借金をする羽目になって、益々家の中で立場が悪くなっている。

まあそれは後日談だが、とにかくそれほどの悲壮な覚悟を持ってこの戦いに挑んだのである。


で、そのスタート時の妊婦状況がこちら。

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各方面から、「マジで酷いね」と賞賛されたこの破水寸前写真。

この当時で、172cm、78kg、体脂肪率22%。

これに対し、僕はトレーナーの人に「65kg、体脂肪率15%の体にしてください!」と要望。

トレーナーの人も僕のやる気に対し、「3ヶ月後の目標達成を目指して頑張りましょう!」と背中を押してくれた。


そこからは週二回、毎度「ああ!もう吐く!」という手前まで追い込むハードトレーニングが始まった。

そしてタンパク質中心の食事を続け、まずは筋力アップに勤しんだ。

やがて1ヶ月が経つと有酸素運動を取り入れたメニューが増え、徐々に痩せる方向へシフト。

とにかく吐くほど筋トレをし、プロテインを飲み、嫌になるほど肉を食らった。


やがて半分の1ヶ月半が経った時。

あの衝撃がやって来たのである。(参考記事:バットマンの懊悩〜1ヶ月半の衝撃〜

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ほとんど見た目が変わってないどころか、「体重3kgアップ&体脂肪率3%アップ」というミラクルまさかが勃発。

あんなに苦しい試練を耐え抜いたと言うのに、まるで成果が出ないどころか「リバウンドしちゃっている」という強烈な精神攻撃を食らってしまったのである。


この時の絶望感とモチベーションのだだ下がり具合を想像していただけるだろうか?

しかしそれでも僕は、トレーナーの人の「焦ってはダメです」という言葉を頼りに、歯を食いしばって残りの1ヶ月半に突入して行った。


しかしあまりにも体型に変化がない僕に対してさすがにトレーナーの人も焦って来たのか、ついに厳しい食事制限が始まった。

それは徹底した「糖質制限2週間」。

糖質からエネルギーを補っている筋肉に対し、糖質を枯渇させて脂肪からエネルギーを補う体を作って行くのである。

要するにライ●ップスタイルだ。


ごはんはもちろん、粉ものから作られている麺やパン、果物などの甘いものは一切食べてはいけない。

それどころか、納豆などの豆類や、だいこんや人参などの根菜すら食う事が出来ない。

徹底して制限すると、「ほとんど食うものないじゃないか!」といった苦行状態に。

もちろんあれほど中毒になっていた唯一の娯楽「チョコバット」も強引に封印した。


その代わり、相変わらず肉や魚などのタンパク源はいくらでも食っていい。

カロリー制限もない。

腹が減ったら、間食としてサラダチキン、スルメ、チーズはいくら食っても良し。

というか逆を言えば食えるものは肉と魚と葉野菜とチーズだけなので、はっきり言って飽き飽きである。

一方であのハードなトレーニングは相変わらず続くのである。


私は耐えた。

自分に対する自分を鬼と化し、これでもかとストイックに己と向き合った。

その姿はまさに減量中の力石徹を彷彿とさせる壮絶なものだった。

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家の中では嫁がこれでもかと目の前でスイーツをほおばり、子供たちも「お父さんも食べなよ」と言っては源氏パイなぞを渡して来る。

その度に僕は唇を噛んで血を流しながら、「お気持ちだけありがたく食べさせていただきます...」と言っては源氏パイから目をそらして窓の外を見る。

というかこの糖質制限期間中、やたらと家の中のお菓子が増えていたのは嫁の仕業なのだろうか?


こうして糖質制限とトレーニングが進む一方、時間があればランニングをし、ジムのない日は市のスポーツセンターで汗を流した。

もはややってる事だけはアスリート級である。


やがてそんなストイックな日々が続き、ついに「3ヶ月」が終了した。

ほんとうに長く苦しい日々だった。

それではいよいよその結果を見てみよう。


まずはこれがスタート時の妊婦写真。

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そしてこれが今の私である!

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「うお!痩せたね!」と思った人も多い事だろう。

だってこれは凄い力入れてこれでもかと腹引っ込めてるからね。


実際はどうか。

力を抜いてみると...


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何やらあまり以前と変わっていないような気が...。


これがあのストイックに苦しみ抜いた末のお姿。

その華麗なるビフォーアフターの変遷。

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これが覚悟の大金「15万円」を支払って手に入れた極上ボディ。

思わず、「これ同じ日に撮影した?」って言ってしまいそうになるほどのシンクロ感。

これが目をそらす事の出来ない現実なのである。


では体重と体脂肪はどれほど劇的に変化したのだろうか?

スタート時は「体重78kg/体脂肪率22%」だった。

そして今は...


なんと「体重78kg/体脂肪率23%」!!















変わってねぇぇぇぇッッッッ!!



これは夢か?

それとも幻覚か?

はたまた何かのドッキリ番組なのか?

というかむしろ体脂肪率が1%増えてるし。

一体なんなんだこの体は!


こんなにも報われない奴っているのか...。

長い人類の歴史上、もし「最も報われなかった3ヶ月」というランキングがあったらぶっちぎりの1位じゃないのか?

結局この3ヶ月で大幅に減ったのは給料だけじゃないか!


15万...

15万だぞ...

分かってんのか?

何が買えた?

あの夢のジャケットも...

あの高級シュラフも...

あの冬季登山靴も...

アルパカラフトの新艇だって...

いっそユニセフに寄付した方が...


ああ

嗚呼!

15万円...。

ちなみに嫁への借金12万円...。


おお...

神よ.....




こうして「覚悟の3ヶ月チャレンジ」は幕を閉じた。

なんだかこの借金のストレスで過食症になって太ってしまいそうです。

所詮私は私。

何やっても痩せないビックリ人間は、お金出しても痩せないんです。

これがライ●ップだったら全額返済だけど、普通のパーソナルジムだから返っては来ません。

ちなみに嫁は「借金の金利は十日で一割な」と言っていたが、その目はとても冗談に見えなかった。

僕が泡の世界で働く日はそう遠くないでしょう。


まあでもきっと無駄じゃなかったはず。

筋肉はついた気がするし、少しだけ寒さに強くなった気がするし、風邪も引かなくなった気がする。

すべて「気がする」程度のものだが、そう思わないと長い長い旅に出てしまうそうなのです。

下を向いたら目から何かがこぼれ落ちてしまいそうなのです。

とにかく今は、誰かに強く抱きしめて欲しいのです。



とにかく、みなさん。

お金は大切に。

あと平気な顔して「報われない努力はない!」とかぬかしてる奴。

今僕の近くでそれ言ったら全力で殴ります。


そして最後にお願いがあります。

今から1時間ほど、暗い部屋の隅っこで号泣します。


どうかそっとしておいてください。





お腹スッキリ㊙報告 〜完〜


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バットマンの懊悩〜1ヶ月半の衝撃〜

Posted by yukon780 on 08.2016 燃やせ!脂肪肝 0 comments 0 trackback
あれから1ヶ月半が経った。

そう。

あの覚悟の厄払い3ヶ月ダイエット宣言から、早半分の1ヶ月半が経過したのである。


今まではどんなに毎日走ろうが、週末山に行こうが、厳しい食事制限をしようが、良くて現状維持しか出来なかった男。

それどころか1日気を抜いて家でゴロゴロしてしまった日には、それだけで2キロは太れてしまう不思議体質。

もはや止まった時点で爆発してしまうという、映画「スピード」のような悲しい体である。


しかし僕はそんな悲しみの体質にグッバイを告げるべく動き出した。

それは大人の力(金)を駆使して、パーソナルトレーニングに通ってしまうという荒技。

その決意の模様は、以前の記事を参考にしてほしい。(参考記事:脂肪肝マンのハードルアップ大作戦〜前厄決意表明〜


3ヶ月という契約にて「痩せる事はもちろん、今後太らないためと登山パフォーマンス向上のための筋肉作り」というテーマにてメニュー構築。

そこから血のにじむような特訓の日々が始まった。


まずジムは週二回のペース。

火曜日は上半身中心、木曜日は下半身中心のメニューで、筋トレとサーキットトレーニングを織り交ぜた中々ハードな内容だ。

毎度限界の先の世界まで追い込まれ、喉ちんこを胃からの遡上物がノックしまくる過酷なトレーニング。

またトレーナーの人も「これはイジメがいがあるマゾ客だぞ」とばかりに、サディスティックな欲望のまま喜々として僕を追い込んで行く。


しかし食事制限に関してはほぼ無いと言っていい。

ライ○ップのような激しい糖質制限もないし、もしろ「もっと食ってください」と言われてしまった。


そもそも今までの食事制限に対し、逆効果を指摘された。

今まで僕は朝はサラダのみ、昼は揚げ物なしのヘルシー弁当とご飯少々、夜は酒抜きご飯抜きのおかずのみという食事制限を続けて来た。

しかしこれだと「飢餓状態」が続いてしまい、体は「貯蓄モード」になって太りやすい体になってしまうとの事。

挙げ句自律神経のバランスも崩れて、体調不良にも発展するというのである。


なので、最初の1ヶ月は「しっかり食べて体を正常な状態に戻しつつ、同時に基本的な筋肉をつけて行く」というテーマが作成された。

かと言って何でも食べていい訳ではなく、そこは毎日食べたものをLINEで送ってチェックしてもらう。

とにかく一にも二にも「タンパク質を摂りまくれ!」というのが一貫した指示だ。


僕は食った。

今までの苦しい食事制限の鎖を断ち切り、思いのままにタンパク質中心のメシを食いまくった。

「タンパク質ものなら間食上等!」という指示の元、夕方に腹が空けばコンビニのサラダチキンをむさぼった。


当然タンパク質をしっかり摂取した前後で筋トレをすれば、それらは全て血肉となって行く。

トレーニング後もガッツリとプロテインを飲み、その足で松屋(トレーナー推薦)に行っては、吐きそうになりながらもトンテキ定食を腹に詰め込んだ。

そして1日筋肉を休ませては、再び激しいトレーニングに没頭。

まさに夢に向け、ストイックに走りきったこの1ヶ月半だった。



3ヶ月契約の折り返し地点。

さあ、あの絶望のビフォー写真から僕はどのように変化したのか?

まだ半分だが、これらの苦労が実った途中写真を撮影してみよう。


まずこれが1ヶ月半前の我が白ブタ写真だ。

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我ながらこの状態でよく山とか登っているもんだと感心してしまう酷さ。

必死に走り続け、食事制限をして来てこれなんだから、もはや救いようがないように見える。


しかしである。

この1ヶ月半。

血のにじむ訓練と、吐き気を堪えてタンパク質を摂って来た私。


見よ!

この1ヶ月半の努力の結果を!

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・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・


あれ?




気のせいかな?

あんま変わってないような気が....。


いやいやいや。

そんな馬鹿なことがあるものか。

だって毎回吐く寸前まで追い込んだ特訓だったんだぜ。


もう一度並べて見てみよう。

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う..

ううむ。


確かにお腹の辺はなんか違う気もするけど、撮り方の問題って言えばそれまでな気がするし...。


あれだな。

見た目は変わらんけど、きっと内蔵的な脂肪が劇的に減っているんじゃないのかな?

1ヶ月半前の体重が78キロだったでしょ。

きっと今なら75キロくらいになってるんじゃないかな。

早速体重計に乗ってみよう。



・・・・・

・・・・・・・


81キロ・・・・。



ふ、

増えてるぞ...。


家族が寝静まった早朝の暗い小部屋。

そこには体重計の上でプルプルと震えるパンツ一丁の中年の姿。



うそだ。

認めたくない。

きっとあれだ。

筋肉がついたんだ。

筋肉がついた分重くなったんだ。


僕はそのまま静かに体脂肪の表示が出て来るのを待った。

1ヶ月半前は体脂肪率22%だった。

筋肉が千切れてしまうんじゃないかってくらい追い込んだんだ。

せめて20%くらいまでは減っているはず。


ピピッ


そこに表示された数字。

体脂肪率

「25%」







これは....。



体重が3キロアップで、体脂肪率3%アップ。

そんな馬鹿なッッッッ!!


僕が通っているのはパーソナルトレーニングジムじゃなく、ただのパーソナルSM館だったのか?

あれほどの努力が実らないばかりか、なぜ大金出してリバウンドしているのか?


なぜだ?

何が原因だ?


しかし思い当たる事が一つある。

それはこの1ヶ月半、僕は突然とある病に冒されてしまっていた。

それは極度の「チョコバット中毒」。

何の前触れもなく、急激に体がチョコバットを欲して欲してしょうがなかったのである。


もはやアル中の人のように、なぜか頭からチョコバットが離れなくなってしまった。

しかも僕を悩ますのは普通のチョコバットではなく、この「大人のチョコバット」。

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なんとも卑猥な商品名だが、これがまたことのほかウマいのである。

元々幼少期からチョコバットは大好物だったが、ここ数年は思い出す事さえなかっし全く食っていなかった。

しかしコンビニでこいつを見つけてしまい、興味本位で食ってしまったのがいけなかった。

これ以降、こいつを1日1本食わないと禁断症状が出てしまうというチョコバット中毒に。

以来僕は仕事中も、嫁に怒られている時も、片時も頭からチョコバットが消える事がなかった。


そんなこんなで、コンビニでサラダチキンを買う時、ついつい同時にチョコバットまでご購入。

この1ヶ月半、タンパク質と同時に律儀に毎日チョコバットを食ってしまった。

いつしか「大人チョコバット」+「通常チョコバット」という贅沢二本買いがデフォルトになって行き、チョコバットという名の悪魔の沼にズルズルと引き込まれてしまった。


今もって何故急にチョコバットに目覚めてしまったかは謎である。

きっと僕は大魔王サタンに心を乗っ取られてしまったに違いない。

だってトレーナーへのLINEで食ったもの報告の中に、チョコバットは入っていないのだから。


正直このチョコバットが3キロアップ3%アップに関与してるんじゃないかと不安で一杯だ。

しかしトレーナーの人は言う。

「今はこれでいいのです。焦ってはいけません。」と。


しかしトレーナーの人もこの変わらない男を見て若干焦ったのか、「昼のご飯は半分にして、夜はご飯を抜きにしまましょう」と方向転換。

とりあえず飢餓状態からの脱出と、基礎筋肉強化は終わったんで、いよいよこれから絞って行くという段階に突入したようだ。


さあ、残す所1ヶ月半。

果たして僕はこの状態からムキムキのバキバキになれるのか?

はっきり言って全くそうなって行く気がしない。

でも最後まで全力で乗り切ってみせる。

チョコバットだけは....なんとかしなくては...。


とりあえず途中結果報告でした。

さすがに少しはいい体になっていると思っていたので、個人的なショックはドーハの悲劇級です。

また1ヶ月半後の発表にご期待下さい。


あと最後にひとつだけ。


こんなに毎日チョコバット食ってるのに...


当たりくじが全部「アウト」って....




脂肪肝マンのハードルアップ大作戦〜前厄決意表明〜

Posted by yukon780 on 05.2016 燃やせ!脂肪肝 6 comments 0 trackback
さすがにシャレにならない。

加速する我がデブりモードに歯止めがかからないのだ。


食事に気を使い、適度な運動を重ねて数年。

やれることは何でもやってきた。

それでも痩せるどころか現状維持すら出来ずに太って行くというまさか。

で、誰かに「食わないのがダメなんだよ」と言われたから、この2ヶ月試しに食ってみた所、みるみる脂肪がミートアップ。

あれよあれよと言う間に2ヶ月で6キロの大増量なのである。


迷走に迷走を重ねて来た我がダイエットに、もはや突破口が見当たらない。

もがけばもがくほどにはまって行くデブ地獄。

やはり相撲取りの血筋には抗えないのか?(母方の祖父は鳥取相撲の大関で父は力士体型。※余談だが我が嫁は行司の家系。だから仕切られるんだね。)


元はと言えばダイエットのために登山を始めたのに、もはや目的が登山そのものになってしまって最近じゃ氷の滝を登ってるという迷走感。

そして重量を少しでも減らそうと高い道具に手を出して1gづつ減らして行っては、同時に己が1gづつ増えて行くというまさか。

さすがは「Mr.本末転倒野郎」と讃えられる男だけはある結果である。


そんな中で、去年は山や海で吐いたりと己の老いを再認識。

今まで軽々登れていた山もしんどいのなんの。

そして後輩のジョンボーAには「情けないすね」とディスられ、同年のランボーNには「会う度に弱ってますね」と心配される始末。

このままではいけない。

マゾがマゾれない体になってしまっては死んだも同然だ。


そこでついに一念発起。

我が足はついにあの「ライ●ップ」の無料相談に向かっていた。


もはやこうなったら、物事をなんでも金で解決してやるという大人のダークサイドスタイルへ。

これからの晴れ晴れとしたマゾ人生のための先行投資なのである。


しかしいざ無料相談を受けてみてびっくり。

受付の綺麗な女性が笑顔で言う。

「2ヶ月間の基本料金30万円+オリジナルサプリ20万円で合計50万円でございます。」と。


僕は一瞬、その女性に秘孔を突かれたかと思ってしまったほどその場で固まっていた。

さすがに私はそんなセレブなマゾじゃない。

というか50万もあったら、デブのままでいいから長期でアラスカにでも旅立ちたい。

むしろそっちの方がリアルに痩せられるのではないだろうか?

もしくは嫁に50万渡せば1週間ぐらい北アルプスで自由に遊ばせてくれるかもしれない。

その時に追い込み人の歩荷鬼六を連れて行けば、痩せる事なんて軽々と達成出来そうじゃないか。


ってことで、さすがに天下のライ●ップは我が覚悟の上を行っていたことが判明。

そこで、もうちょっと現実的なパーソナルトレーニングジムはないものかと探し出す。

そんな折、僕の職場(看板屋)にジャストタイミングでパーソナルトレーニングジムを開業するというお客さんがやって来たのだ。


そして業者特需で、プレオープンモニター価格での入会交渉が大成功。

嫁にも「仕事の一環で」「会社のために」「断りきれなくて」と、土下座と共に得意の嘘を並び立ててGOサインを頂くことにも成功。

週2回、3ヶ月間。

子供たちのお風呂をお義父さん、寝かしつけを嫁に頼まねばならないという超ストレスは発生してしまうが、ここで行かなきゃ普通のマゾには戻れない。

やるからには痩せてみせる。


「自信を取り戻す。」


僕がそのジムの看板に入れ込んだキャッチコピー。

それはそのまま、このたるみきった自分に向けての宣戦布告のメッセージなのである。


そして覚悟のビフォー妊婦写真。

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これは家族が寝静まった早朝の寒い部屋の中で、一人寂しく回りながら己撮りした渾身の写真である。

現在172cm、78kg、体脂肪率22%。

この破水寸前の腹とたわわなオッパイが、果たして3ヶ月後にどうなっているのか?

予定では腹はバッキバキに割れて、胸筋は上下にピクンピクンしてるはず。

その頃にはブログのタイトルも「旅の途上〜キン肉野郎のムキムキ〜」に変更しているかもしれないぞ。


さあ、こうして公開してしまった以上もはや後には引けぬ。

3ヶ月後に全然体型変わってなかったら、ここで「やるぞ!」と言った手前猛烈に恥ずかしい事になる。

なので今後これ見てる人はしっかり私を監視して欲しい。


そして、すでにトレーニング自体は2週間前からすでに始まっている。

これは激しいサーキットトレーニングの末、リアルに酸欠に陥って死線を彷徨っている時の写真。

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食事制限こそないもものの(むしろ食えと言われる)、猛烈にハードだ。

例えるなら、わざわざ金払ってあの「西伊豆の悪夢」を再現しているかのようなしんどさである。

とにかく「あともう1セット行ったら吐く」という手前ギリギリまで行くから、平日からマゾいのなんのって。



何やらAV男優養成学校的な光景にも見えるが、このように行く度に毎度果てている。

そしてこのようなトレーニングの一方、デブだけじゃなく「前厄」でもある僕は、先週末に厄払いの計画も立てた。

これで厄も払い、脂肪も燃やしで、2016年を輝かしい1年になるはずだ。


しかし神はそんな僕を見て動く。

厄払い出発前日、謎の大悪寒が突然僕を襲う。

たちまち大発熱38.5度。

そしてお約束の救急病院強制搬送。


まさかの「二年連続インフルエンザ」という偉業を達成してしまったかと戦慄が走ったが、一応陰性だった。

でも結局原因は不明のまま、僕は週末たっぷりと家族から隔離されて苦しみと戦った。

またこの時の日曜日が天気良いこと...。


そんな誰かに優しくして欲しい時は、やっぱりうちの嫁だ。

僕が隔離部屋で自分でも信じられないほど臭い屁をこいた後、嫁が昼飯を持って来た。

すると部屋に入るなり「クサッ!またウンコ漏らしやがったな!」って言うから「漏らしてないよ。オナラだよ。」と言えば、「今度ウンコ漏らしたらお母さんにパンツ洗ってもらうでね!」と吐き捨ててお膳を置いて行った。

やっぱり優しいや。

弱った体と心に染み入るよね。

そして間もなく40歳の大人なのに、「またウンコ漏らしたら」って言われてる私も私ね(前科二犯)。



ってことで厄すら払わせてもらえないまま今週に突入。

そして病み上がりの状態で今週からさらにハードになるトレーニングへと雪崩れ込んで行った。



人知れず行われるハードマゾ流厄払い。

何も神社でご祈祷してもらうことばかりが厄払いじゃない。

どうせ僕は神社に行こうとするだけで寝込んでしまう男。

同じ寝込むなら、マットに溜まった己の汗の上のが男らしい。



カヌー野郎3ヶ月チャレンジ。


時に己のイチモツが自分で見えなくなるほどのこの腹よ。

ランニングの度に上下にゆっさゆさ揺れて乳首擦れを起こすこの乳よ。

いつまでも健康診断で引っかかるこの脂肪肝よ。

もういい加減お前らとはオサラバだ。


そしてこないだアイスクライミングに一緒に行った時、我がパーソナルトレーニングジムスタートをあざ笑ったジョンボー、ランボー、小木Kに目にものを見せてくれる。

次はハルクみたいにムキムキの体で、氷壁を手刀でガチ割りながらクライミングして行ってやるぞ。


さらに優しさと愛を失った我が嫁に、もう一度僕に惚れ直してもらおう。

そもそも「好き」とか「ステキ」とか一度も言われたことないから、惚れ直すも何も元から惚れられていない雰囲気だけど気にしない。

どんなに臭い屁をこかれても許してしまうような、有無を言わさないボディを手に入れてみせるぞ。


ってことでただの「痩せるぞ」宣言でした。

3ヶ月後にこんなアフター写真載せられるのが今から楽しみです。

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どうか逃げ出さないように監視してください。


もう「弱音」と「ウンコ」は漏らさない。


それが今年の私のモットーです。



新春ロンリーマラソン2016

Posted by yukon780 on 05.2016 マジョガー生活 0 comments 0 trackback
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今年もやってまいりました。

毎年恒例、お正月のマゾり初め。

新春ロンリーマラソン2016の開催であります。


今年でついに4回目の開催となったこの新春行事。

「いつかはフルマラソン完走を」という目標のため、毎年走り続けては心身を粉々に破壊。

そして新年早々動けない体になって、春一番のマゾを楽しむという伝統行事。

どっちみち遊びに行けないのなら早めに体を破壊しておこうという、養子男の苦肉の新春隠し芸なのである。


2013年大会は31キロ地点でヒザが爆発して無念のリタイヤ。

2014年大会は胃腸風邪なのに無理して走って15キロ地点で朦朧リタイヤ。

2015年大会はこーたろくんの新春骨折により走る事すら出来なかった。

そして迎えた2016年大会。

僕はこの一年間の体調不良のせいで、ほぼ満足に走っていないという仕上がり。

体重も1年で5キロ以上増加し、ヒザも再び弱弱になっている。

はっきり言って完走どころか5キロも走れるのか怪しい状態だ。


そんな私の復活をかけた運試し。

今年はスケジュールの都合で31日の大晦日にトライ。

結局走ってるのは新春ではなく2015年の年末なんだけど、そこんとこはスルーでお願いします。

養子ってのは都合良く日時指定なんて出来ないんです。


それでは新春ロンリーマラソンという名の年忘れロンリーマラソン。

2016年大会の始まりであります。


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大晦日。

多くの家族が団らんのひと時を過ごすこの日。

人知れずスタートの号砲が鳴り響く。

参加者が一人きりのマラソン大会のスタートである。


男は白い息を吐きながら静かに走り始める。

実はもうこの時点で「どうせ完走なんてできない」と思っており、実は「正直今年は棄権してのんびり子供達と遊びたい」なんて思ったりしちゃったり。

しかしここでマゾらねば、縁起の良い新年は迎えられないと自分に言い聞かせて重い足取りで突き進む。


スタート地点は「新揖斐川橋」。

こんな日に限って超快晴。

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真っ白な伊吹山が「おいで」と呟き、美しき揖斐川も「遊ぼうよ」と誘って来る。

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しかし半日しか時間は貰えてないし、自分で決めちゃった事だから嫌でも走るんです。

この理屈はサドの人には理解出来ないだろう。


そして目指すはおよそ43キロ先にある「琵琶湖」。

最近10キロ走るのがアップアップな状態からすると気の遠くなる距離である。


やがて「大垣市」突入。

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さすがに走りながらなので、己撮りも自然と生首スタイルになってしまう。

ここからの区間は車だと走りやすい道。

いつも車でしか通らないから気にしてなかったが、ランニングで行くと「歩道がなかった」というまさかに直面。

それを知らずに突入して行った為、ひたすら車道を走る事に。

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自分の横1mの所を大型トラックなどがびゅんびゅん通って行く。

しかし逃げ場がないから、ひたすらダッシュしてこの区間を通り抜けるしかない。

長丁場のマラソン大会なのに、早くもスパートして体力を大消耗。

かろうじて歩道に出た時には、すでに虫の息という絶望的なスタートダッシュとなってしまった。

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ここでもいかんなく発揮されたズサンプランナーのコースミス。

しかもである。

次こそは車道を走ってなるものかと、迂回ルートを選択。

するとあれよあれよと言う間に迷路に迷い込む男。

気づいた時には、なんと「田んぼのあぜ道」を通らざるを得ない状況に。

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なんて不明瞭なマラソンコースなのか?

私は無事にこの大垣市を抜ける事が出来るのだろうか?


シューズを泥だらけにしながら田んぼを抜けると、今度は入り組んだ住宅地に吸い込まれて行く。

ここは一体どこなんだ?

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市街地ですら遭難してしまう男。

こいつは春から縁起が良いぞ。


結局グーグルさんに「OKグーグルさん。国道まで案内しておくれ」と言わざるを得ない状況に。

全く走る事に集中出来ず、距離も進んでないのに疲弊感だけが募って行く。


やがてグーグルのお導きにより、なんとか国道に復帰。

しかしここに来て、ここ一番の「伊吹おろし」が大発生。

強烈な冷たい向かい風がどどっと吹き寄せて来た。

もうプリウスの懸垂幕が吹っ飛んで行きそうなほどなのである。

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この激しすぎる向かい風で、全くペースは上がらず疲れだけが蓄積。

しかも誰よりも「お腹の冷え」に弱い僕は、みるみるお腹を冷やして体調が悪くなって行く。


だがそれも過去の経験から想定内。

そんな事もあろうかと、今シーズンの雪山ハイク用に買ったこの腹巻きが登場なのである。

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これはアクシーズクインの「スソミ」という商品で、冷える腹部分は防風素材で、汗が出る背中部分は透湿素材という優れもの。

僕がずっと「こんな腹巻きないかなあ」って言っていた、そんな腹巻きがあったのである。

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腹肉のパツパツ具合が気になる所だが、これにてなんとか腹部を冷やしてゲリ地獄行きにならずに済んだ。

余談だが、僕が喜び勇んでこの商品を買った翌日、この商品の新モデルが発売されるというまさかに見舞われた。

前期モデルの在庫品を定価でつかんでしまう辺りが、私の私たるゆえんなのである。


そんな感じで、ひたすら逆風に耐えながら根性のランニングは続く。

やがて長い大垣市を抜けると、不破郡「垂井町」に到達。

戦国好きにはたまらない、あの竹中半兵衛ゆかりの地。

ここに到達すると、ホストみたいなイケメン半兵衛殿がお出迎えである。

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戦国の名軍師のゆかりの地を、平成の名養子が駆け抜けて行く。


この地点で約15キロ。

とりあえず2014年大会の胃腸風邪だった自分は越えられた。

しかしずっとひたすら国道を走ってるから、地味で退屈な区間が延々と続く厳しい時間帯である。


やがて18キロ地点で、ついに「天下分け目の関ヶ原」に到達だ。

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あの激戦地も、いまやすっかり「天下分け麺処」になってしまってるという平和さ。

しかしここが僕にとっては生死の分け目。

この延々と続く向かい風フィーバーにすっかり疲弊してしまって、ここでついにダウン。

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コーナーポストによりかかり、ひたすら「行くかやめるか」の自問自答タイム。

やはり最近走ってこれなかったツケは大きく、疲れが芯から溢れ出て来る。


だがここで負けて帰ったとあってはマゾの名折れ。

何よりも関ヶ原で戦ったわが故郷岡崎市の英雄、徳川家康公に申し訳が立たない。

三河武士はたとえ死んだとしても前のめりに散るという、マゾの由来のような武士。

敗北する時は「ヒザ爆発」か「大量嘔吐」の時だけだ。


こうして一度は折れかけた心を奮い立たせ、関ヶ原を駆け抜けて行く一匹の侍。

やがて20キロ地点で、ついに目的地である「長浜」の文字が登場。

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そして関ヶ原の激戦は、ここから始まった。

ひたすら登り基調のハードな峠越えが始まったのである。

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もちろん伊吹山が近づくにつれ、伊吹おろしの寒風は冷たさを増し、そして勢いも増して行く。

向かい風の峠越えとは、なんとも豪華なマゾのおせち料理。

ここが三河武士の根性の見せ所だ。


そしてグハグハと吐くか吐かないかのせめぎ合いの中、22キロ地点でついに「関ヶ原決戦地」に到達。

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僕はこの時「なんとなく切りがいいし、もうここでゴールで良いんじゃないか...」と完全に戦意を喪失していた。

これにて今年の新春ロンリーマラソンを終わりにしようと、たまたまそこにいた子連れ家族に記念写真を依頼した。

IMG_9429.jpg

しかしこの時やたら虫の息の僕に対し、男の子が言った。

「なんかこのおじさん、フラフラしてるけど大丈夫?」と。

そこで僕は「いやあ、おじさん岐阜から走って来たんだよ」と言う。

するとその家族は「すごい!」と驚いてくれた。


今まで孤独に走り続けて来た男。

家族にすら応援されずに、むしろ馬鹿にされながらフルマラソンに挑戦し続けて来た彼。

急に褒められて嬉しくなってしまったのはしょうがないじゃない。

つい勢いで「そしてここから琵琶湖まで走るんですよ!」と言っちゃったのは、急に気持ちが大きくなっちゃったから。


これにてリタイヤするつもりが、その家族の手前引くに引けなくなってしまった。

足を引きずって走り出した僕を、その家族は「なぜ大晦日に一人きりで...?」という表情で見送る。

人間には人それぞれの年末があるのである。


で、結局やめるにやめられないまま、23キロ地点の「伊吹山入口」に到達。

IMG_9431.jpg

これにてあれほど苦しめられた伊吹おろしとはおさらば。

その代わり、新たな刺客「腰痛」が舞い降りる。

ヒザばかり気にかけていたが、思わぬ所からの痛みの奇襲攻撃に晒されたのだ。


それでもヒザが生きている以上、そしてまだゲロを吐いてない以上先に進まねばならぬ。

三河武士として生まれ、美濃の国に奴隷として拾われたこの身。

そこで培った根性を、いざ近江の者どもに見せてくれようぞ。


ということで、ここまで来たら意地でも滋賀県入りを果たしたい。

そしてついに25キロ地点。

無理矢理「滋賀県」に突入成功だ。

IMG_9434.jpg

その代償は大きかった。

この表情を見て分かる通り、彼の腰は常時台湾の激痛マッサージ師に指圧されているような激痛に。

それだけでなく、今度は両足の付け根が悲痛なシャウト。

いよいよ我が下半身の崩壊が始まったのだ。


こうなってくると、いかに三河武士と言えども戦えない。

この状態では幕之内一歩ですら立ち上がれない。

しかしまだ息がある。

誰も望んではいない事だが、根性だけで行ける所まで...。


そんな悲痛な魂が天に届いたのか?

ここで神の恵みが。

そう。

マゾ神により空はモクモクで覆われて日光が遮られ、途端にクソ寒い風が吹き荒れるというまさかなコンディションに。

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凄く寒い上に、道も強烈に地味だ。

薄暗く、あまり車も通らない寂しい峠道。

体力のみならず、気力も激しく奪われて完全に戦意喪失。

みるみる冷えて行く体。

足腰がご臨終なため、スピードも出せないから体も温まらない。


やがて下半身の感覚が無くなり、凍死目前の30キロ地点。

一本の電話がかかって来た。

嫁からである。


まさか愛する夫のフルマラソン挑戦を応援する気になったのか?

今がエールの送りどころだと察して電話して来てくれたんだろうか?

私は虫の息のままその電話を取る。

すると嫁の第一声。

「遅せえ。」


僕は走りながら「...す...すみません...。」というのが精一杯。

実は今年は走れて10キロがせいぜいだと思ってたから、昼過ぎには帰る的な事を言っちゃってたのだ。

ここで早くも「詰めの甘さ初め」が炸裂してしまったのだ。


そこからは「怒ってます?」と聞いてみても、返ってくる返事は漆黒の無言のみ。

やがてブツリと電話を切られた。

僕はそのまま失速。

やがてその足は止まった。

その場でうつむいて一度大きく長いため息を吐く。

そしてゆっくり天を見上げて目をつぶる。


完全に心が折れた瞬間だった。

我が2016年の新春ロンリーマラソンは、ここで幕を閉じたのである。

IMG_9440.jpg

山の中の潰れて落書きだらけのラブホ前の悲劇。

かつて諸葛孔明がたった一通の手紙で敵の大将を殺したように、今私は嫁の一本の電話で心を粉々に粉砕されたのである。


しかしこうなった以上、最後にここまで頑張った自分にご褒美を。

もうちょっと進んだ先に伊吹薬草の湯という入浴施設がある。

そこでこの冷えに冷えきった体を温めるのだ。


しかしここからはいつものパターン。

嫌な予感がして電話をしてみたら、やっぱり大晦日だから見事に休業日。

このパターンで温泉がやってるなんて我が人生ではあり得ないのだ。


結局失意に失意を上塗りし、足を引きずりながら「近江長岡駅」へ。

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これにて完全ゴール。

2016年大会は無念の32.58kmにてリタイヤ。

しかしこの体調不良&運動不足&激太り&切れ痔の体で、過去最高距離更新したんだから褒めて良いんじゃないだろうか?

まあ、毎年毎年誰にも褒められないけどね。

ロンリーマラソンは静かに始まり、こうして誰にも注目されないままひっそり終わるのである。


そこから冷え冷えの体のまま地元の駅に到着。

そこで野ざらしになりながら延々とバスを待つ。

しかし待てども待てどもバスが来ない。

で、散々体を冷やした所で「シャトルバスは大晦日運行してない」という事実にやっと気づく。


で、結局「ご両親に迎えに来てもらう」という気遣い養子として最もハードな事態に。

もう走って帰る気力も体力もないし、体が冷えすぎて風邪を引いてしまっていたから頼まざるを得ないのである。


で、結局バス待ち+お迎え待ちでたっぷり寒風野ざらし40分。

鼻水はズビズビで、目はうつろ。

さすがに写真を撮ってないが、おそらく「廃人田沢うどん」レベルの顔になっていた事は間違いない。

そして迎えに来たお義父さんの車に「すいませんでした...」と、出所して来た罪人のように平謝りしながら乗り込む。


やがて家に帰って風呂に入って息を吹き返すと、即座に嫁から「肩甲骨揉んで」という指令。

心身ボロボロの中、無言で嫁の肩甲骨を揉み続ける大晦日。

今日一日は「絶対に幸せになってはいけない養子24時」の収録だったのだろうか?



こうして我が2016年を占う、新春ロンリーマラソンが幕を閉じた。

結果的に全身ボロボロになった挙げ句風邪を引き、家族からも冷たく晒されただけの大晦日となった。

正直早く完走してこの企画を終わらせたい...。


しかしワイはマゾ。

プロゲロファー・マゾ。


きっとこれで良いのだと自分に言い聞かせ、


2016年を強く生きて行くのである。




新春ロンリーマラソン2016 〜完〜



新春ロンリーマラソン2014

Posted by yukon780 on 07.2014 マジョガー生活 0 comments 0 trackback
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今年もやって来た恒例行事。

年始のマゾり初め。

フルマラソン完走を目指す「新春ロンリーマラソン」の開催です。


未だにフルマラソンの完走を達成できていない男。

前年の新春ロンリーマラソンは無念の31キロ地点でのリタイア。

泣く泣く車で迎えに来てもらおうと嫁に電話した挙げ句、「アホじゃないの?」「発想が小学生だわ」「己を知れ、この乳首野郎」などといった罵倒のわんこソバ攻撃に晒された苦い思い出。

そして綺麗に肉体と精神の完全破壊を達成し、大人しく正月を過ごす事に成功したという華々しい戦いだった。(参考記事:新春ロンリーマラソン2013



もちろんフルマラソンと言えど今年も大会なぞには参加しない。

あくまでもひっそりと一人で走り始めて、人知れずひっそりと完走してしまおうという「ロンリーさ」がこの行事のオツな所。

しかも今年の彼は「絶賛胃腸風邪中」という病み中人間。

どう考えても完走なんて無理な状況だが、それでも男は走り出す。

あくまで彼が目指すものは完走よりも「フルマゾ損」。

年始早々、フルにマゾって骨折り損を楽しむという縁起物の行事。


果たして彼は悲願のフルマラソン完走を達成したのか?

おごそかに振り返ってみよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


元々は新春ロンリーマラソンなんてするつもりではなかった。

胃腸風邪がやっと治りかけていた所だったし、無理せず大人しく過ごす予定だったのだ。


しかし僕の郷里愛知県岡崎市への帰省にあたり、本来は家族4人で帰省するはずだったが、今年はこーたろくんが風邪を引いていたため僕とりんたろくんのみの帰省となった。

最初は大人しく、僕が小さい頃遊んだ近所の公園で遊んでいた。

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しかしここでふと僕の中に新年一発目の悪魔の囁きが聞こえる。


おい、そこのマゾ野郎

明けましておめでとう

さあ、お前の天敵の嫁がいない今がチャンスだぞ

ここぞとばかりに実母に甘えてりんたろを預けてしまえよ

そうすりゃ心置きなくお前一人でマゾれるじゃないか

走っちゃえよ

胃腸風邪なんて調度良いマゾスパイスじゃないか

駆け抜けてしまえよ、お前のふるさとを

見せてくれよ、お前の男気を



次の瞬間、いつものように意識を失う男。


そして次に目が覚めた時。

彼はランニングスタイルでスタートラインに立っていた。

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正月は大人しく胃腸風邪の治療にいそしむはずだった男のまさかの行動。

スタートラインに立つこの男も「なんて事だ」という驚きの表情。

しかし事前にランニング用具一式持って帰省している時点で確信犯の色が濃厚すぎるが、あくまでもこれは悪魔にそそのかされた結果なのである。


まあ胃腸風邪って言っても、どうも軽い胃炎だったっぽくて思った程グッタリしてないから何とかなるだろう。

そんな事よりも、嫁がいなくて実母に甘えられるこの素敵な一瞬を逃す手は無い。

箱根駅伝で優勝した東洋大の選手も、腕に「その1秒を削り出せ」って文字を書いて奮起してた訳だし。

嫁がいたら僕の命が削り取られるばかりだが、ここなら1秒でも多くの自由を削り出せるかもしれない。

ここは無理してでも、遊べる時は1秒でも多く遊んでやるのだ。


こうして何かを大きく間違えてしまっている病み中男は、ついに走り出してしまった。

郷里岡崎にて開催された「新春ロンリーマラソン」の開幕。

トータルで10個の思い出チェックポイントを巡る旅。

思い出の地をめぐりながら、マゾの血をめぐらせる戦いだ。


※マラソンの記録と言うよりただの思い出話です。暇な人だけ読んでください。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


スタート直後から早くも体の異常を訴える選手。

一歩一歩の重さが尋常ではない。

もはやこのまま「42.195m」でリタイアしてしまいそうな勢い。

クリスマスの仙丈ヶ岳以来、全く運動していないばかりか病床に臥せっていた末の一発目だから当然の結果だ。


それでも歯を食いしばって走り出したこの男の勇姿に観客からは早くも温かい拍手。

中には涙ながらに「頼むから誰か彼を止めてやってくれ」と訴える者もいる。

しかし彼は止まらない。

何故なら彼はマゾだから。



やがて第1チェックポイントに到達。

それは「元カノの家の前(写真は近所)」だ。

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郷土大会ならではのこのコース取り。

そしてそのままその彼女とよくイチャイチャした公園を通過。

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今になってよくよく思い出してみると、当時の彼女も中々のサド女だった。

そして同時に猛烈な束縛ガールだったので、僕は常に自由を追い求めていた。

やがてそんな束縛ガールと別れた事がきっかけに、僕は解き放たれるようにカヌーにのめり込んでカナダくんだりまで放浪する事になる。


そして時は巡り巡って現在。

再び僕は囚われの身になって自由を追い求めている。

言ってみればこの公園こそ、輝かしい我が奴隷輪廻人生のスタートの地と言っても良いのかもしれない。


今も昔も変わらぬ己の不甲斐なさを嘆きつつ、第1チェックポイントを通過。

そしてそのまま矢作川沿いの堤防へ到達。

ここで当時は無かったけど、最近になって出来たという「12号大門河川緑地」へ。

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フルマラソン挑戦中だからと言って、このような「カヌー発着ポイント」のチェックを怠るわけにはいかない。

ここでカヌーの発着が出来るのなら、今後の矢作川ツーリングの際に非常に重要な拠点となるからだ。


濁流に押し流された木材や船が散乱するワイルドな現場だったが、なんとか川にアクセス可能な様子。

IMG_3232_2014010614263823b.jpg

これにて葵大橋〜矢作橋間の中間点に発着ポイントを確定。

これには今後の帰省時の子連れカヌーに光明を見いだした気分。

矢作川は綺麗な川ではないが、周りに山も無ければ高い建物もないから個人的には「空が広い川」として気に入っている川だ。

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しかしこの余計な寄り道プレイで随分と無駄な体力を消耗。

こんな事している時点で完走する気が無い気もするが、その後も鞭打って堤防を走ります。

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何やら徐々に重々しい空模様になっている気がするが、いつもの事なので気にしない。


やがて第2チェックポイント「日名橋」に到達。

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この橋は僕の中で、別名「身分を分ける橋」と呼んでいた橋。

この橋を境に、西に僕がいた「岡崎城西高校」があり、東に「岡崎西高校」がある。


当時の城西高校は「寄るな城西、触るな三河」と謳われた変態男子校で、地元民から若干馬鹿にされていた。

一方で西高は共学の高校で、一般的にイケテル男女が通う青春が溢れた高校。

なので西高は城西を忌み嫌い、城西は西高を羨望と嫉妬の眼差しで眺めていた。


そんな二つの高校の生徒が自転車通学時にすれ違うのがこの「身分を分ける橋」。

僕はここで西高の奴とすれ違い様に自転車が接触した時、思いっきり蹴っ飛ばされた切ない青春の記憶がある。

そしてそいつは「チッ、ジョンボー(城西ボーイの略)が」と吐き捨てるように言い放つ。

ここで僕は抵抗も出来ず、ただただその「土佐の上士と郷士」的な身分の差に悔しい思いをしたものだ。


そしてよせば良いのに、身分の差もわきまえず中学で同級生だった西高の女の子に3年間片思い。

やがて高校卒業時に電話でその子の実家に電話し(もちろん最初に出たのはお父さんだという拷問)、告白した挙げ句に相手の沈黙に耐えきれずに「ごめんなさい!」と言って一方的に電話を切ってしまったという淡い思ひ出が蘇る。

もちろん、身分不相応に姫に恋した哀れな奴隷にその後の発展等は何もなかった。


そんな記憶を蘇らせながら、今や郷士から奴隷へと身分を変えた男が日名橋を駆け抜けていく。

なんだかとても甘酸っぱい気持ちになってしまったのは、そんな淡い思い出のせいなのか?

それとも疲れ過ぎて胃酸が出過ぎてしまったのか?


若干ウプッとなりながらも次なるチェックポイントへ。

第3チェックポイントは、そんな思い出の母校「岡崎城西高校」でございます。

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今や男子校スタイルが撤廃され、軟弱な共学高校になってしまった我が母校。

天体観測用のドームが自慢の校舎だ。

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しかし僕が在学中にこのドームを使用させてくれる事は一度としてなかったという、ただの客寄せドームである。

そして僕の自転車の「サドルの部分だけ」が盗まれた事のある駐輪場も当時のままだ。

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乗る前に気付いたからいいものの、知らずに乗っていたら僕のケツは流血にまみれた事だろう。


この学校は「学力上昇」よりも「男度上昇」に力を入れていた男塾。

受験を控えた3年生の夏に「夏山合宿」と称して、素人の生徒達を無理矢理槍ヶ岳や奥穂高岳に登らせてみたりするようなドS高校だった。

もちろん普段の体育の授業も、当時地元民から「囚人服」と言われた体操着に身を包み、ひたすらにこの堤防を走らされた。

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そして時間内に帰って来れなかった生徒は、先生によってことごとくこの「川」に落とされるのだ。

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もちろん季節は冬。

今そんな事をやったたら社会問題だ。

僕はここで「男度」と「マゾ度」を徹底的に叩き込まれたのだ。


そして時は巡り巡って現在。

立派に世界的なマゾピニストに成長した僕は、今自ら望んでこの堤防を走っている。

しかも病み中なのに。

当時の恩師にこの逞しく成長した卒業生の姿を見てもらいたい。

そして言ってやりたい。

僕の青春を返してください、と。



やがて第4チェックポイント「矢作橋」を越え、

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橋の上から巨大なオカザキの地上絵を満喫。

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川原に大きく書かれた「誕生日おめでとう」の文字。

恐らくこれをサプライズで彼女にでも見せてやろうという魂胆だろう。

共学で浮かれてしまったジョンボーあたりの仕業か。

先輩として一言だけ言っておく。

最初に頑張りすぎると後々大変になるからやめておきなさい、と。


やがて第5チェックポイント、八丁味噌の蔵として有名な「カクキュー」に到達。

NHKの朝の連ドラ「純情きらり」の舞台となった所ですな。

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この頃には僕の疲弊度も八丁味噌のようにすっかり熟成されていた。

もうすっかり完走できそうにないコンディションに対して、いよいよバタンキューで絶望きらりな状況。

それでもまだ男の連続マゾ小説は止まらない。


そのまま郷土の英雄・徳川家康に新年のご挨拶。

第6チェックポイント「岡崎城」に到達です。

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最近では徳川家康の居城というより「オカザえもんの居城」というイメージになってしまった岡崎城。

しかし三河武士の精神を受け継ぐ岡崎出身者としては、まさにここは心のよりどころのお城。

「決して敵に背を向けず、前のめりに倒れて死んでこそ三河武士」という教訓を元に、僕は今でも全力でマゾ道に邁進して前のめりに死んでいる。


そして故郷に錦を飾った三河マゾが、そんな日頃のマゾを評価されて家康公からのご褒美を賜ることになった。

この段階で「雨」という身に余るご報償にあずかる事が出来たのだ。


この「病み中」+「限界疲労」に新規参入して来た「雨」。

実に新春らしい松竹梅。

弱った体に嬉しい1月の冷たい雨。

染之助染太郎風に言わせていただければ「いつもより多めにマゾっております」と言ったおめでたさだ。


いよいよフラフラ感が激しくなり、各所の関節が喜びの悲鳴を上げ始める。

それでも彼は第7チェックポイント「康生(こうせい)」に到達した。

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今ではすっかり寂れてしまった、岡崎市民が愛する繁華街・康生。

僕が小・中学生の頃は、若者はここの「シビコ」で買い物をするのがオシャレとされていた街だ。


当然ヤンキー全盛期でもあったあの時代、この康生の裏通りにはヤンキーが溢れていた。

中学生の時、たまたま一緒に行った友達が突然そこにいたヤンキーに唾を吐いた。

もちろんキレたヤンキーはすごい形相で僕たちを追ってくる。

僕は何も関係ないのに逃亡する羽目に。

やがて僕は友達とはぐれ、裏通りから先回りしてきたヤンキーによって捕縛。

そこで殴られた挙げ句、所持金2200円をカツアゲされたという青春の武勇伝が溢れる素敵な街だ。



そんな切ない思い出を堪能しながら、松竹梅の三重苦男の新春ランは続く。

全く人の気配のない商店街の中、オカザえもんだけが沿道から僕を応援してくれている。

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せっかく全国区のゆるキャラが誕生したのに、いまいち活用できていない岡崎市。

家康以来400年ぶりに現れた英雄を持て余しているようだ。


やがて第8チェックポイント「伊賀八幡宮」へ。

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僕のような生粋の岡崎人ともなると、やはり春の「家康行列」に参加する事は憧れの一つ。

その家康行列のスタート地がこの伊賀八幡宮だ。

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僕は三年連続でこの家康行列に参加し、1年目「足軽」、2年目「鉄砲隊」、3年目「馬回り武将」と出世街道まっしぐらだった。

今では万年家庭内奴隷だが、この当時の僕には勢いがあったのだ。


鉄砲部隊の時は、僕の鉄砲だけ音も煙も出ない不良品の鉄砲。

見せ場の一斉射撃では、僕だけ不発で観客の失笑を買ったものだ。

もちろん馬回り武将(有名武将の馬の回りを囲む武将)の時は、馬のウンコ(できたて)を踏むという大技も披露。

もちろん草鞋へのうんこの食い込みっぷりは凄まじく、僕は終始素晴らしい香りに包まれていた。


そんな思い出の場所、伊賀八幡宮。

そろそろ僕に家康の役をやらせていただけないだろうか?



そんな思いにふけっていると、第9チェックポイント「大樹寺」へ到達。

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このお寺は徳川家の菩提寺として有名なお寺で、そのお寺の横にある「大樹寺小学校」は僕の母校だ。

この大樹寺の門からは岡崎城が見え、この直線上に高い建物を建ててはならないという岡崎市民の掟があるというほどの大切な寺だ。

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余談だが、この小学校の地下には抜け道のようなものがあるらしく、それをテレビ取材に来たのが何故か「高橋名人」だった。

もちろん当時「高橋名人の冒険島」や「バグってハニー」などのゲームに夢中で、日夜「シュウォッチ」で連射の腕を磨いていた僕としては大興奮。

当時の僕のヒーローは、この高橋名人とゆでたまご先生だった。

なので基本的に小学生の頃の僕は、ファミコンやってるか新しい超人のイラストをゆでたまご先生にハガキで送ることに明け暮れていたのだ。

おかげで現在40歳手前にもなって、未だに九九の6の段以上が言えないという信じられないアホな大人になってしまった。

でもロマンだけは人一倍。

ゆでたまご先生に超人が採用される事はなかったが、大人になって自らが変態超人「キン肉マゾ」になる事に成功。

今はただ、大樹寺小学校の在学生に「夢は諦めなければ叶うんだよ」と言ってやりたい気持ちで一杯だ。



なんて事をしみじみと考えながら、大樹寺の奥へ。

第10チェックポイント「松平家のお墓」でございます。

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ここには家康の父や祖父等、松平家8代のお墓がある。

そして当然家康のお墓も。

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家康のお墓と言えば日光東照宮が有名だが、実は「お墓」という形で供養されてるのはここだけ。

そんな由緒あるお墓だが、ここを訪れる人はほとんどいない。


実は僕は小中高時代、願い事や悩み事があるとこの薄暗い墓地を訪れては天下の家康と1対1で相対したものだ。

何か辛い事があった時も、家康公は優しく僕を包み込んでくれた。

そして現在、大人になっても僕はまたここに戻って来てしまった。

そして静かに家康公のお墓に手を合わせ、目下の重大な悩み事を打ち明ける。


「もう...これ以上走れません。リタイヤしてもいいすか?」と。


するとフワッと風が横切り、まるで「もういいよ。早く帰れよ。」と言っているように感じた。

そう、これは体がしんどいからリタイヤするのではない。

あくまでも家康公からの帰還命令なので致し方が無い事なのだ。



こうして僕のフルマラソン完走への挑戦は終わった。

なんと驚くべく事に「15km」しか進んでいなかったという情けなさ。

フルマラソンどころか、もはや普段のランニングよりも走れなかったという哀れな結末。


ただタイトルに「新春」という文字が入れたかったばかりに、無理した挙げ句に大失敗に終わった2014年大会。

こんな事なら胃腸風邪が治りかけてたんだから、ゆっくりお正月を過ごせば良かったのだ。


この後、昼飯を食った直後に突然胃にキリキリとした痛みを発症。

その痛みは中々おさまらず、ひたすら悶え苦しむ事に。

男は新年早々、腸炎からの胃炎プレイに突入したのだ。


やがて晩飯。

31日に岐阜ですき焼きを食べ、元旦にも岡崎ですき焼き。

そして大量に肉が余った事で、この日が3度目のすき焼き。

ただでさえくどい上に胃炎まで併発している僕には、もはやこの「すき焼き3DAYS」完走はフルマラソンをも越える拷問でしか無かった。

しかしこのすき焼きこそ、この新春ロンリーマラソンの最終難関。

母さんは肉食わないし、りんたろくんも2切れくらいしか肉を食わない。

なんとか僕が一人で肉を食いきらないとこの戦いは終わらない。

しかし胃炎の僕には、もはや完走は絶望的だ。


そんな時にたまたま近くの山で登山をしていた男達を捕獲した。

それがこのニヤニヤしながらやって来るキツネ目の男と、Mr.オクレのお二人だ。

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まるで手を繋いでいるかのようなこのホモ感。

仲間のピンチに颯爽と現れたのは、チーム・マサカズのゲリMと矢作Cでございます。


僕が実家に帰っている事を知った彼らが、丁度いいタイミングで「遊び行っていい?」と電話して来たのだ。

これは飛んで火にいる新春肉処理班。


まずは「肉代を体で払え」と命じ、母さんの調子の悪かったパソコンの修理をさせてみた。

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ゲリMも「肉食いに来なよ」と言われたて来たら、何故かパソコンの修理をさせられて戸惑っているようだ。

そして矢作Cに至っては、なぜか怪獣役としてりんたろくんの相手をさせられる羽目に。

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りんたろくんも、この突然現れた赤い珍獣に興奮気味だ。


こうしてひとしきり働いてもらった後で、ご褒美のすき焼きを与えてみた。

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まさか自分たちが肉処理班として呼ばれたと思ってない2人は、実にホクホク顏で肉にむさぼりついていた。


やがて車を運転しないゲリMが我が母の餌食に。

彼は見事に酒豪の我が母に捕まり、わんこそば状態で酒を注がれ続ける無間地獄へ突入。

そして「もう食えません」と言っているにもかかわらず、次々と母によって新しい食材が有無を言わさずに鍋に投入されて行く。


やがて酒が入った母さんのマシンガントークによって2人は蜂の巣状態に。

とても見ていられない程に、我が母の過去の山の武勇伝を一方的に聞かされ続けていた。


最終的にゲリMと矢作Cが「ごちそうさまでした」と言って我が母に頭を下げる様は、僕からはまるで「もう勘弁してください」と言っているように見えた。

たらふく肉を食ったはずの彼らは、なぜか肉を食う前よりもゲッソリとしていたという。



こうして仲間の力を借り、僕は「すき焼き3DAYS」を見事に完走。

これにて2014年度の新春ロンリーマラソンは無事に終了だ。

本年度も素晴らしいスタートが切れたようだ。


「結局アンタ15キロしか走ってないじゃないか」という外野の声が聞こえて来そうだ。

しかしここでもう一度言っておこう。

あくまで僕が目指したものは完走よりも「フルマゾ損」。

年始早々フルにマゾって骨折り損を楽しむという縁起物の行事。

故にこれは大成功なのである。



というわけで。


こんな私ですが、

本年も何卒よろしくお願い申し上げます。




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