あん時のアイツの自転車漕業〜黒い天使は忍び寄る〜

Posted by yukon780 on 07.2015 自転車旅まとめ 0 comments 0 trackback
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雨ばっかりの梅雨タイム。

相変わらずどこにも遊びに行けないから3週連続の「あん時のアイツシリーズ」です。


シリーズも最後半ともなるとネタ的に薄いものばかり。

ほとんどやっつけ的な内容だけど構わず突き進む。


今回はそんな中でも番外編。

カヌーや登山ばかり振り返ってきてるけど、今回は「マウンテンバイク」の回。

今ではカヌーの回送用でしか使ってないけど、昔はちゃんと使っていた。

なので今回は貴重な自転車漕業の模様をちゃちゃちゃっと振り返る。


もうすでに過去に「しまなみ海道縦断野郎」や「長浜ポタリング」などの記事を載せてきたが、今回はそれ以外の小さな旅をまとめたもの。

個人的な記録的に残すだけなんで、おヒマな人だけどうぞ。


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2005年。

当時使っていたカヌー回送用の電動自転車がぶっ壊れた。

スクーターみたいに動く自転車で、ネットで40,000円で買って2ヶ月で動かなくなったという珠玉の名品だった。


その代わりに「やっぱちゃんとした自転車買おう」「ついでにちゃんと遊べるやつ買おう」ってんで、6万ほどでマウンテンバイクを購入。

で、嬉しくて試運転とばかりに向かったのが愛知県の「渥美半島」だった。

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当時のパートナーはもちろん山田(仮)。

もはやこの「あん時のアイツシリーズ」の中でしか登場しない名男優である。

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当時は毎週のように山田と遊んでいたから、周囲からホモ疑惑が浮上するほどだった。

まあそれはいいとして、この渥美半島のサイクリングロードは海沿いを延々と走れて中々新鮮だったのを思い出す。

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こんな感じで雰囲気重視で色々と立ち寄るのも旅感があって良かった。

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そして「産地の名産を地産地消で食う事」を愛して止まない山田が選んだのは渥美メロン。

もちろん大量に安く買って、男らしく海岸で地産地消。

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死ぬほど食って腹を下した事も良い思い出である。

このように自転車旅は、カヌーや登山とは違った旅感を感じれるのが新鮮だった。


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そして2005年10月。

僕とビビるSで「まずは本物の自転車野郎達を見てみよう」と向かった場所がある。

それがこの滋賀県箱館山で行われていたマウンテンバイクレースだ。

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早速ゴンドラに乗って山上のレース会場に向かう二人。

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しかし今となっては当時の大会関係者達に陳謝したい気持ちでいっぱいだ。

なぜなら当時から僕はハイパーメディア悪天候クリエイター。

当然山上レース会場に着く頃にはこのような事態に。

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たちまち白に包まれて行く箱館山。

もはや状況は立派なホワイトアウト。

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次々と白に飲み込まれて行く選手達。

ここはモンゴルマンが乱入した後のブロッケンJr.対Mr.カーメンのピラミッドリング内なのか?

やりすぎたモクモクのせいでほとんどレースなんて見えやしなかった。

当時から白に愛された男には、レースでさえ想像するしかないのである。


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で、翌年2006年。

そんなホワイトアウトに巻き込まれたビビるSと共に、今度は晴れた京都へ。

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正直、どこに行ったとか何が目的だったとか何も思い出せない。

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写真から思い出せる事は非常に少ない。

思い出せるのはやたらと山道がキツかった事と、

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泥よけが付いていないから、ビビるSのケツが壮絶なゲリ野郎みたいになっていた事だけだ。

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この巻き上がるような見事なスプラッシュゲリ。

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確かこれを見て、僕は恐怖のあまり即座に泥よけを購入した記憶がある。


ちなみに当時の僕は多分自分史上一番痩せていた頃だ。

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今ではすっかり巨乳になってしまった僕だが、当時はまだシュッとしていたな。

また自転車乗り始めようかな...。


で、その後はビビるSと別れて京都の町をさらにポタリング。

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翌日は奈良・滋賀・三重の三県をまたぐ三国越えへ。

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この時の事もからっきし記憶にない。

めちゃくちゃ辛かったのは覚えてるが、特に楽しかったという記憶もない。

自転車だろうが、所詮マゾはマゾである。


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そして翌年2007年1月。

ビビるSが開拓した野登山ルートを共に攻めてみた。

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今では信じられないが、この極寒の季節に生肌半ズボンというやんちゃぶり。

そして低山にも関わらず、まさかの雪まみれ。

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雪に埋まるわ、滑る箇所あるわで、山頂付近はひたすらふんがふんがと歩いた記憶が。

思えばこの時が初の雪山登山だったのかもしれない。

そしてその後はビビるSの案内を頼りに山の中を徘徊。

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この時も「漕ぐ」というより「担ぐ」比率が上回ってた気がする。

さっきの雪と言い、この時ビビるSは僕を殺す気だったのかもしれない。

しかし石水渓の淵は美しく、十分に僕を魅了してくれた。

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来年あたりはここを沢登りで詰めて行きたいものだ。


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その年の5月。

僕は何故か「浜名湖を一周してみよう」と思い立って静岡へ。

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「浜名湖一周」という言葉に言い知れぬビッグイベント感を感じて行ったんだが、なんだか大した事もなく何も思い出がない。

途中で辛すぎて何度も「何でこんなことしてんだろう?」と頭をよぎった事だけは記憶にある。

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こうして色々振り返ってると、全体的に辛い思い出が多いな。

まだまだマゾ黎明期。

ブログもやってないから、辛く惨めな事もただただ一人で飲み込むしかないのである。


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しかしマウンテンバイクはマゾい事ばかりではない。

その年の8月、山田と向かったのは山梨県の「富士見パノラマスキー場」。

ここは夏はマウンテンバイクのコースとして全国的にも有名な場所なのだ。

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山上までMTBごとゴンドラに乗せて上がって、ひたすら迫力のダウンヒルを楽しんだ。

ここは上級コースから初級コースまで色んなコースがあるから、我々のようなぺーぺーでもちゃんと市民権が与えられる。

このようなコースが近場にあればもっとMTBにはまったかもしれないが、中々近所にはなかった。

しかもたまに山に行ってやると、降車して挨拶してもハイカーの人に怒られることも。

だからめんどくさくなって少しづつやらなくなって行ったんだよなあ。

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カヌーと鮎釣り師、MTBとハイカー。

常に新しいものは旧勢力に弾圧されるもの。

最近ではトレランに対する風当たりも強い。

同じ自然を遊び場にする者同士、もう少しうまいこと共存出来ないもんかなあ。


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翌2008年は、犬山をポタリングしたり、

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地元岡崎市のホームグランド「道根往還」でダウンヒルを楽しんだりした。

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この道根往還はトレランでも走っているが、地元ではMTBで訪れる人も多い。

当時僕とビビるSと山田は何度もここで「フーフー」言いながら走っていた。

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また実家に帰った時にでも久々に走ってみるかな。

背中に子供二人背負いながら...。


で、ビビるSとまた京都でポタリング。

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この時の事も何も思い出せないが、傘さしてるから雨はちゃんと降ってるね。


その後、9月。

僕は何故かMTB持って三河湾に浮かぶ「篠島」に渡っている。

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今回の記事をここまで書いて来てなんだが、この時の事もよく思い出せない。

というか過去の事が全然思い出せないな。

いよいよスポンジ脳もスカスカ通り越して空洞になってしまったか?

でもここまで書いて来たから気にせず進める。

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とりあえず彼はこの島を一周したようだ。

何が目的だったかは分からない。

しかしこの後に出て来るしらす丼が猛烈にウマかったのと、

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野良猫が猛烈にかわいかった事だけは思い出せる。

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思い出なんて所詮そんなもんである。


そしてその年の暮れ、静岡の「富幕山(とんまくやま)」へ。

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この時の記憶は、やたら山田がパンクしまくった事と、

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ビビるSのMTBが滑落して行った事くらいだ。

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思い出なんて所詮そんなもんである。


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いよいよ記事のやっつけ感が酷くなってきたね。

そんな中での2009年。

奈良の天理駅前にペアルックのホモカップルが。

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当時僕とビビるSは、このジャケットを「チーム装備」だ言って着ていた。

今思えば、これがチーム・マサカズの原風景と言えなくもない。


そんな二人が攻めたのは「山辺の道」。

これがすこぶる気持ちよかったのを覚えている。

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今でも何となく覚えているが、天気もよくて雰囲気も日本人の琴線に触れるものばかりで楽しかった。

しかし気持ちよすぎて妙な方向へ向かってしまったのか?

突然ビビるSが股間を鉄柱に激突させるという、驚異的なセルフマゾを炸裂させたのだ。

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激突した直後のビビるSは相当悶絶していた。

それはもはや「岩山両斬波」を食らった牙大王的な表情だったと言えば分かり易いだろうか。

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僕の中では最高の思い出の旅だったが、ビビるSには非常にディープな旅となった。

速度があと5km速かったら、今頃ビビるSは新宿二丁目で働いていた事だろう。


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そして2009年。

またしても僕は謎の旅に出ている。

それは「関ヶ原の古戦場の全ての陣地を回ってやる」という歴史ロマンとマゾロマンの溢れた戦いだ。

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今でははっきりと言ってしまうが、これほど地味で楽しくない旅はなかったかな。

ちょうど小早川秀秋が裏切るか裏切るまいかを悩んだ松尾山の山頂で、僕も「帰るべきか続けるべきか」と悩んだのを記憶している。

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結局僕はこの後暮れ行く山道で道に迷い、落ち武者の恐怖に堪え兼ねて帰宅した。

当時はこのような無駄な旅が多かった。

しかしこの翌月に長男りんたろくんが誕生。


以来、僕はマウンテンバイクから遠ざかって行く事になる。


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と、そんな感じで終わっている我がMTB人生。

本音言えばまた行きたいし、新しいMTB欲しいし、ロードバイクも欲しい。

でもこれ以上趣味を増やすと嫁に殺される確率も増えてしまう。

そして散財の沼も底なし化が進む事も明白。


でももし今そんな高価なロードバイクを買ってしまったら....。

きっと嫁が突然真っ黒な服装になって、そっとホイールのスポークを外す事だろう。

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そして音もなく僕の背後に忍び寄り、

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ってなことに。


とりあえずロードバイクとシーカヤックはジジイになってからの趣味と言い聞かせ、今はパックラフトと登山に邁進して行こう。

まだ死ぬわけにはいかない。


まだ黒い天使を舞い降りさせるわけにはいかないのである。




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四国八十八ヶ所 徳島編〜ヘロヘロ遍路野郎の旅路〜

Posted by yukon780 on 22.2015 四国八十八ヶ所の旅 0 comments 0 trackback
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カヌー野郎の祭典5月が終わって世は梅雨入り。

この時期になると雨で外遊びも出来なければ、例年体調不良で体が重い。

重い湿気のせいで髪の毛はグネりまくり、ゲソヘアー化も止まらない。


でも梅雨時期は、雪山もやる僕としては1年の内で唯一骨休めできる時期でもある。

なのでこの時期は大人しく家の事に専念して、良いお父さんでいるわけです。(たまに脱走してダークヒーロー化するけど)


てことで、相当久々に「あん時のアイツシリーズ」で過去の旅をまとめて行こう。

最近読み出した人は何のこっちゃ分からんだろうけど、ブログ開設以前の旅をコツコツまとめて行ってるんですよ。

今回で第27弾。

なんだかめんどくさくて後回しにしてきた「四国遍路八十八所の旅」を書いておく。


もちろん今朝の朝飯も思い出せない僕が、当時の記憶をちゃんと思い出せるわけもないから断片的だ。

一応ノートに記録は取ってあるんだけど、内容が重すぎてここでは書くのはやめておく。

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当時は随分思い悩んでたからなあ。(今もか?)


ってことでサクッと思い出す出来事だけ振り返っておきます。

おヒマな人だけどうぞ。


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最初にお遍路に行ったのは2007年9月。

当時結婚&養子入りを期に、5年ほど勤めた岡崎市の会社を辞めた直後。

1週間ほどの休みがあったから、その内の数日を使って四国に旅立った。


当時は今のように登山なんてしてなくて、体重も80kgオーバーのデブ野郎。

ランニングもしてなければ、1km歩くだけでゼェゼェ言うような貧弱男。

それがなぜ歩きで四国を巡ろうだなんてトチ狂ってしまったのか。

やはりこの体に流れるおマゾ神拳伝承者の血が疼いてしまったんだろう。


で、徳島の1番札所「霊山寺」へ。

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ここでお遍路さんグッズ一式(菅笠、金剛杖、白衣、輪袈裟、念珠、納札、納経帳、経本、ろうそく・線香)をご購入。

あとで聞いた話だと、みんなここで買うからちょっとお値段高めらしい。

慣れた人はもっと別の場所で買うらしいが、そのへんのはまり具合も今のままである。


で、本堂と大師堂でお経を上げて納経所で御朱印を貰うって流れ。

これ、ちゃんとやると結構時間かかるけどちゃんと全部やった。

格好はこんな感じ。

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なぜこんな中途半端なトンネルの中で意味不明の格好で己撮りしてるのかは分からない。

ただ一つ写真から分かる事。

こいつ早速雨にやられているって事である。

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さっきのトンネルは雨宿りしてカッパを着込む前だったと思われる。

スタート直後から雨とはさすがである。

ちなみに当時は今の僕よりもさらにハードな雨野郎だったから、家で写真をプリントする際に「シアン」のインクだけは中々減らなかった思い出がある。

青空はあまり写ってなかったからね。


その後も彼はずぶ濡れになりながら旅を続けた模様。

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最初のうちは比較的寺と寺の距離が短く、スタンプラリー的にスムーズに事が進む。

と言っても体力ゼロの時代だけに、もうこの時点でヘコヘコ。


そしてこの日は6番札所「安楽寺」の「ここ」に宿泊。

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寺の宿房ではなく、この「門」が本日の寝床。

実は事前の調査で、公式か非公式か忘れたけど、この山門の中で寝泊まり出来るスペースがあるのを知っていた。

もちろん寺の人に許可を貰って中へ。

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このように門の中にこんなスペースと毛布がある。

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一見すると拷問を受けてる罪人のようだが、金のない旅人には実にありがたいのだ。


しかしである。

この日の夜。

毛布に何かが潜んでいたのか、全身が痒いのである。

しかも蚊の量もハンパ無いのである。

さらにあまりにもこの中は蒸し暑く、当時からお肌の弱い僕は瞬く間に全身あせもに。


地獄のような一夜。

全身が痒すぎて寝られない。

今も昔も変わらぬ安定感。

はやくも修行、四国の洗礼。


場所を移ろうにもまだ街中なので良い野宿場所が分からない。

ってことで、今じゃ考えられないが、タクシー呼んでビジネスホテルへ。

最高に情けない初日となった。


で、翌日またタクシーで戻って旅再開。

全身はまだ痒いが、お遍路しているだけで全てが神々しく見える。

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たらいうどんすら神々しく見える。

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確か9番札所の法輪寺付近の店。

これやたら美味かったの覚えてる。


そして吉野川へ向かう。

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途中で出会う小学生達全員が気持ちいいくらいの挨拶を交わしてくれる。

毎度四国では感動する場面だ。

そうこうしてると吉野川に到達。

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この時の吉野川は本当に美しかった。

しばらく沈下橋の上に腰掛けて、ボーッと眺めていた。


すると大抵地元のおっちゃんとかがわらわら集まって来るのが四国流。

四万十川もそうだったけど、こっちのおっちゃんたちは何かと言えば川の様子を見に来てはそこにいる人と井戸端会議を始める傾向がある。

この時もこのおっちゃんらとやたら話が盛り上がった。

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鮎の様子を見に来たようだが、いまはもう随分少なくなったとぼやいていた。

昔は水面が盛り上がるくらい鮎がいて、川に足を入れるとくるぶしを鮎が大量になでて行ったとか。

毎度四国の昔の川を知る人と話すと、たまらなく羨ましい気分になる。


その後この時のおっちゃんが本日の寝床まで車で送ってくれた。

歩き遍路だから迷ったけど、こういう縁を大切にして行くのもお遍路の楽しさだ。

本音言うと、もう足に来てたからだけどね。


この日は鴨の湯って温泉の隣にある「善根宿」へ。

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ここは地元有志が作った簡易寝床で、お遍路さんが無料で寝られる場所。

ここで「お遍路24周目」という強者とビール飲みながら語らった思い出がある。


しかしそのおっちゃんは色んな意味で強烈で、過去最強レベルの「いびき」の持ち主だった。

その威力はもはや善根宿ロックフェス。

さすがは四国24周目の実力。


結局僕は二夜連続でまともに寝る事が出来ずに、夜中に宿を脱出。

近くのファミレスで一夜を明かすというまさかを体験した。


初日にビジネスホテル、2日目ファミレス。

私は渋谷の家出少女なのか?


そして3日目は山場を迎える。

俗に「お遍路転がし」と呼ばれる12番焼山寺への急登登山の始まりである。

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余裕で佇んでいるように見えるが、多分この時点で口から胃液を垂れ流している状態。

そもそも登山なんてした事なかったし、むしろ登山やる人の気持ちがわからない時で山登りが嫌いだった頃。

体力無さ過ぎて、途中で何度も倒れながら這うように進む。


もうずっと「やめるか進むか」と自問自答しながら、泣きそうになって登って行ったのを思い出す。

当然こういう時はしっかり晴れて、灼熱の陽光で僕は脱水状態に。

「疲労で体が本気で動かなくなる」というリアルな体験をしたのもこの時が初めて。

まさにマゾ人生の黎明期である。


それでも根性だけで登りきって行くと、最後の長い階段の果てにお大師さんが神々しく登場。

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最後の方は意識も朦朧としていたから、この瞬間は鳥肌が立ったのを記憶している。

後半はずっと念仏唱えながらだったから、リアルに空海に出くわしたかと錯覚したほどだ。

今みたいにへたに体力ある状態で行っても、この時の感動は得られなかっただろう。

ヘコヘコ時代ならではの貴重な体験だ。


そしてなんとかお遍路転がしに転がされる事なく焼山寺を突破。

で、ひいひいと下山して、即座に宅急便で余計な荷物を送り返した。

もうこれ以上野宿道具を背負っての旅は無理と判断したのだ。

結局彼は一番しんどい区間を、使いもしなかった野宿道具背負って無駄にマゾッたのである。


もちろん野宿道具送っちゃったから、その日は民宿へ。

なんだかやたらと金使った旅になってるな。


で、次の日。

昨日散々太陽に苦しめられたのに、この日は再び雨でずぶ濡れっていう流れ。

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自分の事なんだけど、書いてて哀れになるよ。

しかも特筆すべきは、彼は昨日カッパまでも送り返してしまっていること。

結局コンビニでポンチョ買ってるという大馬鹿野郎なのである。


で、そんな雨の中で鮎喰川と出会う。

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これがめっぽうキレイでかなり感動したのを覚えている。

街中まで辿って行ってもこの美しさ。

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晴れていたらもっとスケスケだった事だろう。

堰堤の魚道を覗いていれば、養殖場かと思うほどの鮎の群れが。

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写真では見づらいけど、黒い点は全て鮎。

この四国の底力には敬服した。

「鮎喰川」という名前は伊達じゃない。

この時の鮮烈な記憶が、去年の四国清流行脚で数年ぶりに鮎喰川へ足を向けさせた要因となった。

まあ、去年も雨が降って撤退を余儀なくされちゃったけどね...。


その後は色んな出合いや、地元の方のお接待(オロナミンC貰ったりお菓子貰ったり)のおかげで順調に寺を打ち続けて行く。

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そして17番井戸寺(いどじ)にて今回は打ち止めだ。

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水曜どうでしょうで大泉が「イボ痔」って失礼発言していた場所ですな。

そして僕はここから電車に乗って1番に戻って家に帰って行った。

当時はまだ優しかった嫁が待つ新婚のマンションへ...。

あの頃は...。

あの頃はよぅ....。



そしてこの時は「次に続きを打ちに来るのは何年後かなあ?」なんて思ったものだ。

きっとまた悩んだ時に来るんだろうなと。

10年後くらいかなあと。


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翌年。

あれからわずか1年で僕は井戸寺に立っていた。

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実は転職先の職場が猛烈に忙しい職場だった。

慣れない土地、嫌いな大都会での訪問営業件デザイン。

一件一件飛び込みで営業しては断られ続けて疲弊し、夕方から深夜までデザイン業務。

僕は瞬く間に追いつめられ、代休と連休が合わさったタイミングで気づいたら四国に渡っていたのだ。


そして意気揚々と井戸寺から歩き出して5歩目。

当時の記録によると、なんと開始5歩で左ひざを痛めると言うまさかを炸裂させている。


そんな愚かな男にでも、四国は優しく語りかけて来る。

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たとえ出ばなをくじかれても、今日一日を大事に生きるのである。

しかしその後の記録では、「左ふくらはぎをツる」と書いてあった。

そしてふくらはぎを揉んでいる写真もしっかりと己撮りされている。

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体力はないが、こういう余計な己撮りの技術だけは当時からしっかりあったようだ。


そしてそんな足を引きずりながらも、せっかく来たから無理矢理進んでいく。

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でも結局この日は18番に辿り着けずに途中の民宿へ。

散々歩いたつもりだったが、民宿で体重計に乗ってみると1kg増量していたというまさか。

身も心も前に進めなかったよく分からない一日だった。


翌日は順調に歩みを進めて行く。

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しかしこの日は大快晴。

灼熱地獄の中での脱水行脚となり、途中で何度も水浴びしながらの厳しい行軍。

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9月とは思えない強烈な残暑にぶち当たり、確か記録的な猛暑だった。

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ちなみにこの時の金剛杖が、後に雪の養老山で「聖なるピンチヒッター」として登場する事になる。

トレッキングポールを片方なくした後に無理矢理再登場させた回だった。

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この時は聖なる力を借りたつもりだったのが、買ったばかりのiPhoneを落してバキバキにするという悲劇を味わった。

我が人生、いつになったらこのような修行を終える事が出来るのだろうか?(参考記事:聖なるピンチヒッター〜養老三山〜


そしてその後も脱水状態のまま、急登の20番鶴林寺への登山道へ。

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ここでもグヘグヘになりながらなんとか鶴林寺突破。

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しかしこの後の下りでひざがガクガクになって棒状に。

当時はガラスのひざだったので、これが記念すべき初のC3-PO化の瞬間だったかもしれない。


そしてロボットダンスのような足取りで那賀川を越え、21番太龍寺を目指す。

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納経所の最終受付時間は17時。

そこに間に合わなかったら、翌朝7時くらいまで山の中の寺前で夜を明かす事になってしまうから焦る焦る。

結局リアルに限界を突破しながらも、なんとか17:02に太龍寺着。

本当にこれ以上ないヘロヘロだったのを思い出す。

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無事納経を済ますと、暗くなる山中を必死の下山。

信じられない事に、当時ヘッドライトを持って行ってなかったからメチャメチャ恐ろしかったのを覚えている。

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とにかく目が見えるうちに民宿を目指そうとひたすら走った。

今思うと、この時が我が人生初のトレイルランニングの瞬間だったかもしれない。


で、民宿着いたら予約してないから空いていないというまさか。

結局「夕食は出せないけど布団部屋で良ければ」っていうご好意に甘えて何とか泊まれた。

それでもボロボロの僕を見て哀れに思ってくれたのか、なんとおにぎりとおかずを用意してくれた。

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これはほんとありがたかったなあ。


腹も満たされ、ホクホク気分で洗濯していた服を取りに行く。

するとどうだろう。

輪袈裟の色が落ちて、大事な白衣がピンク色に染まってしまっているではないか。

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こんなショッキングな色したファンキーなお遍路さんを私は知らない。

まさかここに着て林家ぺー的な悲劇に見舞われるとは...。

あくまでも四国は私に厳しい。(まあ自分のミスなんだけど)


で、結局さすがにピンキーお遍路さんではカッコがつかないから新しい白衣を購入。

でもXLしかサイズがなくて、こんなブカブカ状態。

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なにやら白い幼稚園ズックを来た変態中年のような佇まいに。

なんだかこれで一気にやる気がなくなった挙げ句、見ての通りポツポツと雨が。


なんだか気持ちも折れ始める中、それでも歯を食いしばって行軍を続ける。

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頑張って22番平等寺突破。

なんとか徳島県のラストである23番薬王寺までは行っておきたい。

しかし体力は完全に底をつき、XL白衣と雨のせいでテンションも上がらない。


で、ついにギブアップ。

22番と23番の途中にあった駅に駆け込んでノックアウト。

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そしてこの時点で「パァァァ」と太陽が出てきたのは言うまでもない。

結局散々に惨めな途中敗退と言う形で、彼は四国を去って行った。

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結局彼は救われたのだろうか?

むしろ色々と打ちのめされてる感じがしないでもない。

色々と感じるところはあったが、今見るとほんと情けない旅だったように思える。


こうして二度目の挑戦は高知県に入る一歩手前で終了した。

果たして今後続きがあるかどうかは分からない。

また色々と悩んだ時にきっと四国に呼ばれる事だろう。

それは「今」な気がするが、いかんせんここまでのんびりと四国に行く時間が無い。

我が家のお大師様は中々私に厳しいのである。


と、こんな感じの苦い思い出の旅でした。

今も昔も相変わらずだと言われればそれまでだが、まあこれはこれで良い旅だった気がするよ。

大事な事は「周りとの調和」なんだと思い知った旅。

もっともっと周りに対して優しく穏やかになれるように精進して行かないと。

まずは嫁に笑顔と優しさが戻るよう、この梅雨時期は大人しくしておきますね。


そんなお遍路の旅路でございました。

ご清聴ありがとうございました。





四国八十八ヶ所の旅 〜つづく?完?〜




冷戦ハネムーン〜パラオミステリー〜

Posted by yukon780 on 25.2013 パラオ新婚旅行 0 comments 0 trackback
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海を見つめる一組のカップル。

この姿から数年後。

一方はドSな罵倒女になり、一方はドMの変態男になる。

しかしこの時はまだそんな事になるとは露程も思っていない二人。



時は2007年6月。

場所は南国パラオ諸島。


今回の「あん時のアイツ」シリーズ第25弾は番外編。

次男こーたろくんの誕生を記念して、その原点とも言える新婚旅行の模様を振り返る。


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2007年の6月9日。

その後の夫婦関係を暗示するかのような「猛烈な土砂降り」の中で結婚式を挙げた二人。

涙に暮れる新郎と一滴の涙もこぼさない無表情な新婦の姿。

そして嫁いで行くのは僕の方なので、本来一番の感動スポットである「新婦から両親への感謝の手紙」などはもちろん無い。

さらには僕が弾き語りで歌った「糸」は、歌い出しで声が裏返ってとんでもない羞恥プレイとなった。

その無様な姿を、大仏のような無表情で見下ろす新婦。

幸せな夫婦生活のスタートが切られた瞬間だった。



そして結婚式の二日後。

我々はパラオ諸島に向けて旅立った。



そもそも何故パラオなのか?

街や人間の造った建造物に全く興味の無い僕と、長時間飛行機に乗りたくない嫁の意見から「ヨーロッパ」の線は消えた。

僕はもちろん「アラスカ」をリクエストしたが、当然嫁によりギャバン並のスピードで却下を食らう。

ならば「カナダ」か「ニュージーランド」でアウトドア三昧はいかがだろうと提案したが、当然インドア女により却下。

一方で嫁の要望は「アジアは仕事でしょっちゅう行くから嫌だ」(嫁はよくバリや香港や杭州へ出張する仕事でした)「飛行機に4時間以上乗りたくない」「海が奇麗な所が良い」「でもありきたりなグアムやサイパンは嫌だ」「基本的に動きたくない」という強烈な条件指定。

このハードな条件を満たす場所が果たしてあるのか?

しかも海をチョイスしておきながら「泳ぎたくない」という驚きの発言も飛び出す。

これは「とんち」なのか?


もちろん僕としてもある程度アウトドア遊びが出来ないと辛すぎるので妥協はしたくない。


そして散々悩んだ挙げ句、結果的にグアムとフィリピンの中間くらいにポツンとあった「パラオ」に決定した。

もはや基準は「ここに行きたい」ではなく「地図上でちょうどいい位置かどうか」のみ。

はっきり言ってどんな場所かもさっぱり分からなかったが、ここしか着地点が見つからなかったのだ。


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夜にホテルの部屋に到着。

早速ネットを繋ぎ、やり残して来た仕事に取りかかる女。

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新婚気分が一気に吹き飛ぶ所業。

思わず僕は「私と仕事とどっちが大事なのよ!」と叫んでしまいそうだ。


嫁の仕事が落ち着いた所で、早速パラオの天気予報をチェックです。

さあ、僕らが滞在する12日から16日までのお天気はいかがかな?

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これは何事だ?

ポーカーなら見事な悪天候ファイブカードの達成じゃないか。

パラオよ、お前もなのか。


嫁もサラリと「お前のせいだ」と言って来る。

でも言い返せない自分が悔しい。




翌日。

非常に晴れやかで爽やかな朝が二人を包む。

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南国なのにこのどんよりとした寒々しさは何事だ。


しかし聞けば、パラオの天気は1時間おきにめまぐるしく変わるという。

だから予測のしようがないため、誰も天気予報はあてにしてないという事。

確かにこれ以降、晴れたり曇ったり雨降ったリが続くことになる。

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こうもコロコロ変わると、非常にテンションの持って行きように困る。

それでもやはり天気が良いと海は美しい。

こんなかわいらしい島もあったりして、なんともシャレた演出をして来るパラオさん。

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無性に「塩と銛だけ持ってあの島でキャンプしたい」という欲求に駆られるが、さすがにそんな事したら一発でパラオ離婚間違い無しだ。


街に買い出しに出かけるが、ここがメインストリート。

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ここのわずか数百メートルの間に郵便局やホテルやショッピングセンターが集中している。

ここ以外は本当に何も無い実に素朴な島。

ショッピングセンターも非常にこじんまりとして、お土産と日用品が買える程度しかない。


ショッピング好きの嫁からしたら絶望的な光景だっただろうが、これでもはやアウトドアで遊ぶしかやる事が無いと判明して僕のテンションはアップ。

そもそも海外まで来て日本でも買えるような商品をショッピングするなんて、僕からしたら信じられない行為。

さあ、遊んでやるぞ。



もちろん一発目はこれ。

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これは棒状のものを振り上げて僕の頭をカチ割ろうとしているわけではない。

やはり何はともあれカヌーですよ。


これなら泳ぐ必要も無いし、二人艇で僕だけ濃いでいれば嫁も漕ぐ必要もなく動かずにいられる。

今ならカヌーに誘っても「川底に引きずり込まれて死んで来い」と言われておしまいだが、まだ当時はついて来るだけの優しさが残っていたようだ。

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こんな感じでガイドさんと洞窟に侵入したりして行く。

やっぱり川とは違う海の、そしてパラオならではのカヤックツアーで面白い。


洞窟の先にはぽっかりと空間が出来ていて美しい水面がお出迎え。

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これは中々楽しくなって来た。

しかし僕は後部に座っているから、前に座る嫁の表情が読み取れない。

通常なら「わあ、キレイ」「きゃあ、楽しー」などの感嘆系のワードが飛び出して来る場面だが、パラオの風は前方から「無言」しか運んで来ない。

ひょっとしたら結婚式の時みたいに、強烈に無感情な大仏様が降臨している可能性が高い。

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もはやパラオの雄大な景色より、彼女の表情の方が気になってしょうがない。

ある意味このカヤックツアーは僕のワガママだったので、「いやあ、奇麗ですねー」「海、良いですねー」「空、青いですねー」と専務に取り入るゴマスリ部長のようにご機嫌を伺いつつ、もはや漕ぐ事を放棄した嫁に対し「センスありますねー」とヨイショも欠かさない。

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一応最終的には「楽しかった」と無表情で言っていたが、その後このツアーの思い出話に花が咲く事は無かった。


その後、5秒に一回の割合であくびをする嫁と僕を乗せてボートは移動する。

素晴らしく奇麗なプライベートビーチでの昼食。

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これぞ南国。

これで多少嫁の気分も良くなった。


そしてボートはシュノーケリングスポットへ移動。

途中、かの有名な「イノキアイランド」が見えて来た。

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この写真の島がそうだったかどうか思い出せないが、アントニオ猪木がパラオ国王から貰ったという島だ。

猪木さん。

かつてあなたが「この道を行けばどうなる事か。行けば分かるさ」と言ったが、この夫婦生活の先に待っていたものはサドラリアットとマゾラツイストの日々でしたよ。



やがてシュノーケリングスポットに到着。

潜ると凄まじい量の美しい魚達が乱舞する世界だった。

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実はパラオはスキューバダイビングをする人達にとっては憧れの島。

カヌーで言えばユーコン川みたいな存在で、一度潜ってみたい憧れの海なのだ。


しかしそんな「みんなの憧れの海」を、ボート上から1ミリも動く事無くあくびをしながら無表情で眺めている女が一人。

ここに来て「私は泳がない」という徹底したスタンスを取り続ける嫁だ。


地元ガイドの人も「なぜ潜らない?そもそもなぜこの人はここに来たのだ?」というような驚きの表情。

「ボートの上から顔だけでもつけて中を覗いてごらん。とっても奇麗だよ」というガイドのアピールにも、「顔すら水につけたくない」というまるで3歳児のような拒否反応。


シュノーケリングのメッカにて「海を拒絶」した女。

本場の三ツ星フランス料理店に行って山菜そばをオーダーするかのようなまさかの所業。


僕自身、本来はスキューバダイビングに初挑戦してみたかったが、泳ぎたくないという嫁の為にソフトなシュノーケリングで奇麗なお魚を楽しんでもらおうという試みだったのに。

もはや彼女に関して新婚旅行は、自宅でテレビでも見ていた方が良かったのかもしれない。


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それから数時間の時が経過して夕方になった。

僕はホテルのプライベートビーチを「一人ぼっち」でさまよっていた。

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まさに新婚カップルが二人で眺めるのに最適なシチュエーションなんだが、僕は一人ぼっち。

なぜならこの数十分前に大げんか(というか一方的に叱られた)からだ。


実は今回の旅は、全て僕のクレジットカードで決済しようという事になっていた。

しかしこの日の買い物の時に、店員さんが何度カードを通してもカードを認識しない。

大慌てで日本のカード会社に国際電話を入れた所、なんと僕のカードが使用限度の上限に達していた為使用停止になっていたのだ。

とりあえず急遽上限を上げてもらう手配をしたが、審査に時間がかかるとのこと。


手元にはほとんど現金はなく、幸せなハネムーンは瞬時にして絶望的な状況に。

結果「なぜ上限の確認をして来なかった」「どんだけ上限低いんだ」「お前を信用した私がバカだった」などの叱責口撃で蜂の巣に。

思えばこの時が記念すべき「初罵倒」だったのかもしれない。


そんな状況の中で訪れた、ホテル主催のビーチでの「歓迎ダンスショー」。

僕は「とりあえず審査結果待ちだし、せっかく歓迎してくれるんだから行こうよ」と言うが、嫁の怒りは収まらず「一人で行って来い」という事に。

こうして新妻にすら歓迎されなくなった男は、一人で寂しくビーチに向かったというわけだ。



他のハネムーンカップルに混じって、一人神妙な顔つきで歓迎ダンスショーを見る男。

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かつてこれほどまでに悲しい気分に彩られたダンスショーを見た事が無い。

むしろここで踊っている人達全てが、早くも新妻に愛想を尽かされた僕を嘲笑って踊っているような気もしてしまう。

そしてやたらと美しい夕景が、より一層僕の心に寒風を吹き込んで来る。



そしてこの日の夜、さらに追い討ちをかけるようなイベントが待っていた。

ホテルのプライベートビーチに一席設けられ、1組のカップルの為のディナータイムがあるのだ。

これがその会場↓

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ラブラブのカップルにとっては夢のようなひと時に違いない。

しかし我々は今、アメリカと旧ソ連の冷戦状態のような冷ややかなる状態。

そのままこの素敵なテーブルが、離婚条約の調印式会場になる可能性だってある。

お互いが心に核の最終スイッチを握りしめてそのディナー会場に向かった。

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写真がぶれているのは緊張していたからなのかもしれない。

そもそも喧嘩以前に、二人の頭の中には「最終日にフロントにクレジットカードで支払うこのディナー代金は大丈夫だろうか?」という不安が支配する。

気分はもはや「食い逃げ確信犯」状態で、ソワソワして全く良い雰囲気ではない。


それでもそんな状況なぞ全く知らないホテルの人の温かなおもてなしのおかげで、次第に和解を始める二人。

そこはまだ新婚さんだけあって、なんとか傷の早期回復力があったようだ。

そして最終的には「もう割り切って楽しもう」という所で、無事に停戦条約が成立した。


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翌日。

実は前日のシュノーケリングはカヤックツアーのおまけ。

なんと本日はあらかじめ予約していたシュノーケリングのみの「シュノーケリングツアー」。

早くも海を拒絶した女に厳しい一日。

そもそもパラオでは海に潜らないと、何もやる事は無いのだ。


そんなこんなで本日もボートに乗って移動です。

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シュノーケリングメインのツアーだからといっても、200近くあるパラオ諸島の島を巡るアイランドホッピングスタイル。

このような最高に美しい無人島に寄ってはのんびりと過ごさせてくれるから、なんとか嫁のご機嫌もキープされた。

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それにしても本当に奇麗だ。

いつもは北方志向で寒々しい荒野ばかりに魅力を感じる僕だが、これは確かに一生に一度は味わっておきたい光景だ。

僕の地元愛知県の黒々としてワカメだらけの内海海岸とはやはり一味違うようだ。


しかしそんなのんびりした時間も終わり、本格的にシュノーケリングスポットへ移動。

ガイドさんも、まさかシュノーケリングツアーに参加しておいて海に潜りたくない人間がいるとは微塵も思っていないので、無理矢理に嫁を海へと引きずり込む。

必死で抵抗する嫁だが、相手が完全な現地人である為言葉も通じず、むしろその姿が喜んでいるようにガイドには写ったかもしれない。

そしてついにガイドによって嫁がパラオの海に投入された。

僕も同時に潜ったが、そこには宝石箱のような魚達の姿と必死でガイドと戦う嫁の姿が展開していた。

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鳥肌が体中に駆け回った。

凄すぎるし美しすぎる。

手を伸ばせば、大量の魚達が寄って来る。

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これがピラニアだったらたちまち血の海だが、この可愛らしさは相当なものだ。

僕は急いで浮上して嫁に「すごいよ!絶対潜った方が良いって!顔だけでもつけてごらんよ」と叫ぶ。

しかし水中ゴーグル越しに見えた僕を見る嫁の目に「殺すぞ」と書いてあった。

あまり無理に煽りすぎると、ピラニアがいなくてもここが血の海になる可能性が高そうだ。


結局現地ガイドの必死の説得も空しく、彼女は浮かんでいるだけで一度も顔をつける事が無かった。

正直ここで一番印象に残った光景は、この美しい魚の群れではなくて現地ガイドの「WHY?」という表情だった。

僕も大いに現地ガイドに賛同。

一体なぜ嫁が「海が良いな」とリクエストしたのかが謎でしょうがない。




その後も美しいアイランドホッピングが続く。

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このような陸でののんびりタイムでは、なんとか嫁もご機嫌を取り戻す。

そしてこんな時でもないとハネムーンっぽい「楽しそうにしている二人」という写真は撮れないので、ここがシャッターチャンス。

今では絶対に考えられないが、嫁を巻込んでの「己撮り」。

嫁の「なんでそんなことせんといかんの。面倒くさい」という言葉を振り切り、強行して撮影したのがオープニングの写真だ。

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非常に幸せそうな二人に見えるが実際は嫁は無表情で、カメラをセットしてダッシュでここまで戻って来た僕は肩で息をしている。

そしてさらに上級の「砂浜を楽しそうに駆け回っている二人」にかなり遠方からのチャレンジ。

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セットして10秒しか余裕が無いため、あらかじめ遠方にいた嫁めがけて猛烈な全力ダッシュ。

その僕の迫力に対して嫁が「怖い!」と言って逃げて行っているというのがこの写真の真相だったりする。

でも写真だけでも楽しそうに見えれば、それだけがメモリーとなるからオッケーなんです。



その後もポイントポイントで潜る。

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当然この頃には、嫁は現地ガイドにも「よく分からないけどあの人は潜れない人」という認識が浸透して悠々とボートでの見学を決め込んでいた。

でもここでは彼女は潜らなくて正解だった。

だって海底に「サメ」がいたんですもの。

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こいつを見つけた時の僕の狼狽ぶりが想像出来るだろうか?

2mくらいの奴がユラリと僕の10m下くらいにいるんですもの。


慌てて浮上して現地ガイドに「シャークッ!シャークッ!」と訴えたが、ガイドは「ノープロブレム」と言うばかり。

ちゃんと伝わったんだろうか?

危険性の無いサメという事なのか、僕がシャクレてないと言いたいだけなのか?

でもこいつとか目がイっちゃってるよ。

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本当に大丈夫なのか?

しかも僕の周辺に大量に集まって来たぞ。

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さてはこの現地ガイド、嫁に買収されたのか?

これはハネムーン中の不慮の事故として報道され、嫁に早速大量の保険金が舞い込むシステムなのか?



でもやっぱりこいつらは大丈夫な方のサメでした。

その後は安心して海を満喫です。(一人で)

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嫁は非常にもったいないと思うんだが、価値観が違うってのも夫婦だからね。

カヌーとシュノーケリングは旦那主導だったから、ちょっと申し訳なかったね。


そして翌日以降は、「嫁主導」のパラオ生活へ。

一切、海に行く事無く朝から夕方までプール。

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スキューバダイビングのメッカにてひたすらプールにいるという空しさよ。

そして夕方にはアロマリラクゼーションへ。

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僕は喉ちんこの所まで「日本でも出来るじゃない。下呂温泉のホテルでも出来るじゃない。」というツッコミが出て来ていたがグッとこらえる。


そして翌日は一日中、あの狭いショッピングセンターでお土産購入タイム。

この日の僕の心の中は「アンビリーバブル」と「ジーザス」という言葉しか浮かんでいなかった。

でも神の救いの手は差し伸べられ、無事にカード会社の審査に通りクレジットカードは復活していた。

これで夫婦仲は首の皮一枚でつなぎ止められた。


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こうして我々夫婦の記念すべき新婚旅行は終わりを告げた。

全体的に「なぜパラオだったのか?」「パラオでなければいけなかったのか?」という謎を残したままだ。

パラオでハントされたこのミステリーは、さすがの黒柳徹子でも解けない難問だろう。



しかしこんな夫婦だが、ちゃんとこの数年後に長男りんたろくんを誕生させている。

そしてそれと同時に希代のドS嫁が産声を上げ、僕は屈辱にまみれたドM養子生活者へとシフトして行く。


でもなんだかんだと今回次男こーたろくんの誕生まで共に歩んで来た。

徹底的に価値観が違う二人がここまでやって来れたのも、この旅行の時にハッキリとお互いの違いを認識したおかげかもしれない。


でも恐らく次男の誕生によって、そのサド度により一層の磨きがかかる可能性は高い。

僕も負けずにより一層のマゾ魂に磨きをかけ、折れない心を身につけて行かないと。


とりあえず、嫁様。

ふつつかなマゾですが、これからもご指導ご罵倒の程よろしくお願いいたします。


しまなみ海道縦断野郎 後編 〜ジャングル合体〜

Posted by yukon780 on 25.2012 しまなみ海道縦断 0 comments 0 trackback
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しまなみ海道縦断野郎後編。

前回ははるばる無駄な国道50km南下の末、道後温泉のあまりの人混みに心を折られた青年。

朝起きてから自転車を漕ぎ続けた末に突きつけられた延長戦。

へなちょこ時代の彼に残された体力はもはや尽きかけていたが、彼は道後温泉から逃げ出した。

この時点での彼の行程は以下の通り。

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今思えば、よくもまあこれだけ漕ぎ続けられたものだ。

しかもマウンテンバイクで。

で、本来の予定ではここで道後温泉に浸かってから適当な場所で野宿して、翌日に同じ道を帰って行く予定だった。


でも道後温泉のアホみたいな混雑の中、行列に並んでまで温泉になんて入りたくなかった。

ふと地図を見ると、6kmほど山側の道を上がって行けば「奥道後温泉」があると書いてある。

だったらそのまま山側の道で今治まで行けるじゃないかと判断。↓

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この判断が僕を地獄へと誘う。


地図だけ見たら海側より多少近いように見えたんだろう。

しかしこれはスーパーハードな「山越え」を意味する。

なぜそんな簡単な事に気付かなかったんだろう?


そんな愚かな判断を下した男の後半戦を振り返ってみよう。


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ゴールだ、温泉だ、ビールだ、もう野宿だ。

そういう精神状態からの延長戦は、実に重たい判断だった。


とりあえず奥道後温泉まで6kmのヒルクライム延長戦。

疲れ果てた僕には永遠とも思えるような時間だった事を記憶している。


しんどすぎたのか、この区間の写真は1枚しか残っていなかった。

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この1枚からでも彼が壮絶な山道に入り込んでいる事がよく分かる。

一体ここはどこなんだ?



やがて山の中の奥道後温泉に到着。

そこで「ジャングル温泉」などという魅力的なネーミングの立寄風呂を発見。

当時から「温泉は効能や雰囲気よりも面白さが重要」と信じてやまない男は迷わずジャングル温泉へ。


怪しさ満点で安っぽさ全開の施設の看板がこれ。

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旅情も風情もまるでない。

このコンセプトの斬新さにワクワクが止まらない。

正直この旅の中で、このジャングル温泉での出来事が一番鮮明に記憶に残っている。



疲労困憊な状態の僕はフラフラと浴場へ。

予想はしていたが、ジャングル風の浴場内は落ち着かない雰囲気で全く僕を癒さない。


くっさい「どくだみの湯」を満喫し、「野尻」という意味の分からない浴槽に入ったりと次々各所の温泉を堪能。

そして「天国」と言う名の湯から上がって次の浴槽を目指していた時に悲劇がやってきた。

それはまさに「天国から地獄」。


前方から歩いて来る全裸のおっさん。

そのおっさんが僕とすれ違いざま、突然床で足を滑らせた。

たちまち長友ばりのおっさんの全裸スライディングが僕に襲いかかる。


人はこのような状態になった時、反射的に近くのものを掴もうとするのだろう。

おっさんは僕の腕を掴み、僕もおっさんを支えようとする。

たちまち肉体と肉体がくんずほぐれずの状態で絡み合う。

そしてそのまま見事に二次被害に巻込まれ、おっさんもろとも僕も豪快に床に倒れ込む。


全裸の男同士の肉と肉がぶつかリ合う肉弾戦。

突如始まった全裸レスリング。

おっさんの黒いジャングルが僕の二の腕にわさわさと襲いかかる。

そして僕の密林も負けじとおっさんに密着を試みる。

そしてそれを目撃した天国の湯にいたクソガキが、オランジーナのCMの少年のように指を指してヒャッヒャと嘲笑う。



そう、ここはジャングル温泉。

僕のステキな思い出が眠る温泉となった。


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ジャングル温泉で、見事に旅の疲れを癒す事に失敗。

それどころか心に深い傷を負ってしまった純朴な青年。

突如知らないおっさんに操を奪われた気がしてしばし呆然。

全身を包み込む不快な気分がとどまる事を知らない。


とりあえず気を取り直して今夜の野宿場所を探す。

しかしこの時点で痛恨のミスを犯す。

温泉街にコンビニくらいあるだろうと目論んでいたが、見事にそんなものはない。

よって、今夜の食事どころか水分も補充出来ない。


そんな状態のまま山道を突き進む男。

ここまで登って来て今更街まで引き返す気力はない。

もうこうなったら晩飯も水分も抜きだ。


適当な公園の広場を発見し、そこでヤンキーのように野宿を敢行。

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山中の公園は実に不気味な雰囲気だったが、そんなものは若さでカバー。

それよりもこの時点で僕を襲っていたのは強烈な喉の渇き。

なぜ温泉から上がった時に飲み物を買っておかなかったんだろう?


ザックの中には小瓶のウイスキーがひとつ。

これはあのサザエさんの替え歌「トイレに入って15分 紙がない ポケットさぐれば 1000円札一枚」を彷彿とさせる状況。


ウイスキーを片手に思案を巡らす脱水男。

今ここにある「水分」はこのウイスキーのみ。

ついに喉の渇きに逆らえず、ウイスキーをがぶ飲みする男。


空きっ腹に勢い良くなだれ込む褐色の悪魔水。

当たり前だが、たちまち新手の喉の渇きに支配される男。

山中の真っ暗な公園で繰り広げられた究極の生への戦い。


ウイスキーを飲む程に酔いと渇きが大乱闘。

もうこうなったら、渇きより先に酔いで眠りを誘発して強制スリープ状態にするほかない。


結局その後も空きっ腹でウイスキーを飲み続け気絶するようにご就寝。

色んな意味で口の端に泡を吹いていた記憶が鮮明に残っている。


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翌朝。

朝とは普通、希望に満ちた素晴らしいものだったはず。

しかし起き抜けから強烈な脱水状態と空腹状態。

この先いつお店が出てくるか分からない山道での絶望の朝を迎えた。


フラフラとテントを撤収していると摩訶不思議な体験に巻き込まれる事になった。

公園に高級そうな車が止まり、中から中年の男と若い女が出て来た。

時間は早朝の5時。


二人は僕しかいない公園内をぷらぷらとうろつき、やがて僕の方へ近づいてくる。

男は50代くらいの胡散臭いおっさんで、女は30代くらいのケバめな女。

おっさんが僕に「写真を撮ってくれないか」と頼んで来た。


別に景色が良い場所もないし、誰も訪れる人がいなさそうな公園なのに何事だ?

何かこの二人にサスペンス劇場的な濃縮な関係性が見受けられたが、僕は普通に二人を撮影してあげた。


不倫関係っぽいカップルを撮影する脱水飢餓男。

この瞬間、平和な公園内はとてもシュールな空間へと変貌していた。

僕には、何かアリバイ工作に加担してしまったかのような後味の悪さだけが残った。



何やら色んな事がヘビーな状態。

とりあえず最速で飲み物と食うものを手に入れないと危険極まりない状態。

しかし山道は進めば進む程に民家すら無くなって行くという絶望へとまっしぐら。


この長い長い山道区間で唯一残っていた写真がこちら。

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かつてこれほどまでに披露が滲み出ている男を他に知らない。

ここから徐々に太陽が燦々と降り注ぎ、灼熱の中で脱水男は踊り続ける。

せっかく連続一人旅雨記録が途絶えても、しっかりとマゾに堕ちて行く男。

この先40kmの道のりで、一切写真が残ってないという事が彼の余裕の無さを如実に物語っている。


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写真は突然今治に到着していて、今治城の前だ。

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山中での写真と比べると、随分血色も良くなってふっくらとしているから無事に飲み物と食べ物にありつけたんだろう。

昔の自分なんだけど、拍手喝采で彼を褒めてあげたい。


この後の記憶は多少残っている。

確かこのベンチ。

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僕はこのベンチに座ってひたすら自問自答を繰り返した。

こなまま予定通りしまなみ海道を自転車で帰って行くか、それとも負け犬となって今治港から船に乗って帰っちゃうか?

そして何度しまなみ海道ルートのシュミレーションをしても、披露の固まりとなった僕には行き倒れのイメージしか浮かんで来ない。

で、気づいた時には負け犬海道まっしぐら。

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敗残兵は何も言わず、目を細めて遠ざかる四国を眺めていた。

もはや悔しさすら感じない程の圧倒的惨敗。

こうしてしまなみ海道の旅は、僕の心に悲しい敗北の記憶として刻み付けられた。



やがて尾道到着。

シュールで残酷な看板がお出迎え。

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いっそここから顔を出して「僕は負け犬です!嘲笑ってください!」と大声で叫ぼうかと思ったほどだ。


いつかまたこのしまなみ海道にはリベンジをかましたい。

そんなステキな思い出の旅でした。



しまなみ海道縦断野郎 〜完〜


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〜おまけ〜


この先の記憶も完全に飛んでいたが、写真を見ると随分とまた寄り道してるみたい。

ざっとダイジェストで。


ちょうど映画のセットが公開されていたんだね。

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僕みたいな負け犬は絶対に乗艦できないよ。


並んで尾道ラーメン。

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もうただの観光客になってるじゃないか。


全部が快晴で、普段から快晴慣れしてないから真っ赤っか。

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この状態でもう一度ジャングル温泉に入ったら死ぬね。


突然写真は京都木津川の、よく時代劇の撮影する橋へ。

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当時はひたすら下道移動だったから、このような寄り道で延々と帰宅出来ない事がしばしばあった。

で、次の写真はこんなことに。

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シュールな空間が楽しめる伊賀の里へ。

伊賀城周辺をひたすらサイクリングしたようだ。

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そんな元気が残ってたならしまなみ海道帰って来れたんじゃないのか?

情けない男だ。


いい加減もう帰っただろうと思ったら次は三重の関宿を走ってるぞ。

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早く帰れよ。


こうして男は帰って行った。

最後のゴールは、もちろん当時付き合っていた愛する彼女のもとだ。

優しくて気の効く女だった。



それから6年あまりの時が流れた。

僕はハードなマゾに進化。

そしてあの時の優しくて気の効く女は、今僕の隣でハードなサド女となって君臨。

そして日々、当時の愛する男を罵倒し続ける。

今では愛の脱水状態に苦しむ元青年。


時の流れとは無情なものである。



しまなみ海道縦断野郎 前編 〜動機なき旅〜

Posted by yukon780 on 21.2012 しまなみ海道縦断 0 comments 0 trackback
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疲労を滲ませビール片手に瀬戸内海を見つめる猫背男。

時は2006年5月。

彼はこの時、何故か自転車で「瀬戸内しまなみ海道」を縦断中だ。



久しぶりの「あん時のアイツ」シリーズ第23弾。

今回は珍しくカヌーでも登山でもなく自転車旅の模様だ。


「しまなみ海道」とは広島県尾道から愛媛県今治を結ぶ海の道で、6つの島を越えて行く海道だ。

サイクリングロードが整備されていて、その筋の人には人気の所らしい。


しかしそもそもなぜそんな場所に行こうと思ったのか、そしてなぜ自転車旅だったのか今となってはその動機すら思い出せない。

この時のテーマは「二泊三日で野宿しながら、尾道から松山道後温泉までの往復約250Kmを自転車で旅をする」というもの。

一体この人は何がしたかったのか?



多分この頃は登山なんてやってない頃だし、カヌーも色々な川行きすぎてマンネリ化していた事もあって「自転車旅」というものがやってみたかったんだろうな。

ロードバイク持ってないから、舗装路なのにマウンテンバイクで。


しかしもちろん当時は人生で最も体力の無いへなちょこ時代。

そんな男の無謀な挑戦だったから、各所で吐きそうになっていた事だけは鮮明に覚えている。


でも特に記録も付けていたわけじゃないから、ハッキリ言ってほとんどこの旅の記憶が無い。

残された写真と微かな記憶をたよりに、せっかくだから2回に分けて記録しておこう。


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確か尾道の小高い丘の上にある公園の駐車場に車を停めたんだよな。

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ここが一番駐車代が安かったんだろうけど、この坂の街でこんな所からスタートしたらゴールする時は登りばっかで死ぬって分からんかったのかな?

尾道港から渡船で一つ目の島の向島へ。

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まるで家出少年のような風貌だ。

当時はろくなザックもなく、たかだた25L程度のザックに重いテントや寝袋や着替えなどをギュウギュウに押し込んでの豪快装備。

青春を感じてしまうが、この頃僕はもう立派な29歳。

もうちょっとマシな道具を揃えられんかったのか?



海峡を橋で渡り、瀬戸内海を見ながら島から島へ。

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実はこの時の旅で、僕の偉大な記録がストップする事になる。

元阪神の金本のような連続フルイニング出場記録には遠く及ばないが、僕はこの旅で「連続一人旅悪天候記録」がストップしたのだ。


それまでの僕は「4年間」も一人旅の時に雨が降らなかった事が無いという悪天野郎。

4年間ほぼ連休の度に旅をしていたのにも関わらずにだ。

まあ今でもヒドいもんだが、当時は輪をかけてヒドかった。

降水確率0%の晴れマークの場所に行っても、なぜか車のワイパーをマックスで動かす事なんて日常だった。


それだけにこの時の旅は二泊三日のすべてが晴れという奇跡。

ゆえにそれは「酷暑」となって僕に燦々と降り注いだ事は言うまでもないけどね。

川のカヌーならまだしも、自転車だから瞬く間に暑さで弱って行ったのを覚えている。


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ルート上には案内板もあって立寄地やトイレの場所など分かり易く表示されている。

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もちろんこれはレースでもなければ競争でもない。

これは旅だ。

寄り道こそが、しまなみ海道の正しい嗜み方だ。


よく分からなかったがチャイナ的な寺を巡り、

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海岸を彷徨ったり、

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色々していたみたいだね。

全然覚えてないけど。



島から島への移動は延々と続く。

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記憶がなくなると、このように写真だらけのダイジェストスタイルになってしまう。

まあここの所文章だらけのマニアックな記事が続いたから、リハビリ的にたまにはこんなのも良いだろう。


で、どの島だったのかもよく分からないんだけどビーチらしき所で野宿です。

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まだ独り身の頃はこういう感じの野宿しながらよく旅をしたな。

夕焼けと焚き火見ながら酒飲んで、夜は静かなテントの中で読書三昧。

なんか凄く羨ましい。

「ああ、また野宿旅がしてえなあ」などと呟く、もうすぐ二児のパパになろうとしている30代後半のマスオのため息。


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二日目の朝が来ましたね。

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静かな瀬戸内の朝は何やら心が静かになる。

早朝のスペシャルタイムに訪れる最高のひと時。

登る朝日は、朝の漁船のシルエットを美しく浮かび上がらせる。

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こんなのを横目で見ながらの海岸沿いツーリングは、実に味わい深いものだった記憶がある。


やがて五つ目の島に上陸。

「伯方の塩」で有名な伯方島へ。

ここの塩ソフトは絶品でした。

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今では塩入りの商品は数あるけど、当時は塩とソフトクリームの融合は珍しかった。

で、ここの海がまた奇麗なんだよね。

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愛知県生まれの僕にとって、海は「黒くて海藻だらけ」ってイメージしか無かったから結構感動して見とれてたなあ。


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やがて最後の島の大島へ上陸。

ここで僕は大きなミスを犯し、自らをマゾの道へと引きずり込むことになる。


島の後半に「亀老山展望台」なるものがあると地図で確認。

いい加減海ばっか見てるのも飽きて来たし、なんとなく体力に余力があったからその展望台へ向けて寄り道を敢行。

でもその展望台までの道のりは、延々と続く強烈なヒルクライムだった。



延々と延々と自転車で山を登り続ける男。

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この時のつらさは「鮮明に覚えているけど何も覚えていない」というもの。

強烈にしんどかったけど、ほとんど意識が飛んで朦朧としていたから断片的な記憶しか無いからだ。

何度もゲロを吐きそうになりながらも登り続け、随分と高い場所まで来てしまったぞ。

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景色の素晴らしさと対象に、しんどすぎて僕のテンションは強烈に低かった。

確か水分も底をついて、お得意の脱水状態を堪能していた記憶がある。

今も昔も変わらない脱水大好き男のマゾクライム。

でも当時はまだソフトマゾだったから、今程状況のおいしさを把握してなかったはずだ。



結局2時間くらいかけて展望台へ到着。

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普通はもっと笑顔で写っていいもんだが、もはや顔から表情が消えてしまっている。

「ちょっと寄り道」のつもりで来た展望台だったが、結果的には自分の無力さだけが展望できただけでした。


それでも下りはご褒美ダウンヒルで爽快に下山です。

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あんなに苦労して登っても下りはあっという間なんだよね。

苦労してデートを重ねてもふられるのはあっという間だったという当時の僕を象徴するような寄り道でした。


その後は名物のジャコ天を食って、

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いざ四国上陸へ向けて突っ走る。

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そしていよいよ四国上陸です。

海がまたさらに美しくなって行くね。

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このまま東へ行って今治まで行けばしまなみ海道のゴール。

でもそこは先天性マゾ野郎。

あえてそこから50kmほど南下して松山の道後温泉を目指すのだ。


簡単に「50km南下するのだ」と書いているが、ひたすら単調な国道を延々と走って行く苦行の道のり。

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今までみたいにサイクリングロードどころか歩道すら無いようなTHE国道。

至近距離を車やトラックが通りまくる恐怖の50km。

引き返せばいいものを、「意地でも道後温泉に入りたい」と言うアツい想いが僕を突き動かしていた。


とっても長い長い時間自転車をひたすら漕ぎ続けて、やっとこさ松山へ。

坊ちゃんのふるさとに到着だ。

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そして目指すべきゴール「道後温泉」の有名な湯屋が見えて来たぞ。

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あの「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルとなった歴史ある場所。

やっとここまで辿り着いたぞ。


味気なくて危険たっぷりの苦難の国道南下50km。

もう今すぐにでも温泉に浸かって、どっかこの辺で一杯酒を飲んでのんびりしようじゃないか。

それですべての苦労が報われるぞ。


でもそんな思いの僕の前に展開されたのは、人人人の観光客の大群衆。

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なんだこりゃ。

そうか。

黙々と一人で漕ぎ続けて来たから忘れていたが、世間はGWの連休で観光地はこんなにも悲惨な事になっていたんだ。


あまりの人混みに、当然僕のような男は1秒とそこにいることが出来ない。

途端に道後温泉が安っぽい観光施設に見えて来てしまった僕は、あっという間にその場から逃げ去った。

結局この場で神隠しにあって消えたのは僕だったようだ。

グッタリと疲れ果ててゴールと思った時点での壮大な延長戦が始まった。



そしてこの時のこの判断が、後に僕を「脱水ウイスキー人間」からの「魅惑のジャングル大回転」の恐怖へと導く事になる。

そして見知らぬおっさんとの全裸対決が待ちうける。


人は運命には逆らえない。

男は徐々に自分の負の運命に向けて近づいて行く。



しまなみ海道縦断野郎 後編へ 〜つづく〜


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